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松田靖弘のブログ

仕事とする建築のことや大学で教えている緑のことなどをはじめ、自分の日常の些細なことまで含めて気が向くままに書いていきます。

近況など

前に書いてから少し間があいてしまった。久しぶりに近況報告でも書いておきます。

まあ連休もあったし、出来事はいろいろあったのだが、いまさらわざわざここに取り上げて書くべきことはないようだ。

ざっと振り返ってみると、仕事では進行中の高気密高断熱の住宅について、ほぼまとめるところまできたことだろうか。高気密高断熱の住宅は今までに何軒もやっているが、いわゆる在来木造での経験は初めてで、実施設計に入ってからかなり難航した。確かに伝統的な「夏を旨すべし」という造り方とは考え方からまったく違うので、とまどいもしたし、とくにディテールの点では正直、最初は暗中模索の状態だった。

とりあえず現在の比較的一般的と思われるやり方を踏襲してまとめることにしたが、日本の在来木造と高気密とは基本的な方向性が真逆で、現状のやり方が理想的なものとも思えない。まだまだ発展途上の技術なんだろうが、とりあえず現在の高気密高断熱住宅の技術的ボキャブラリーについては、一通り身に付けることができたように思う。

あと、在来木造についても、この前やった木造というと寺院のお堂(護摩堂)で、これは宮大工さんとの仕事だし、まったくの特注仕事で全てが手加工だから、歴史的な先例はあっても、組み方や寸法などはまったく自由に決めていける。というか自由すぎて歴史資料を参照しないと考えが進められないくらいのものだった。

それに対して、現在の在来木造工法は基本的にプレカット工場での加工を前提としているので、その許容範囲を知らないと古民家のデザインを参考にしようとしても、そう簡単にはいかず、ましてや高気密のこともあるので話がかなり複雑になってしまう。まあこれが難航した一番の原因だった。

さて次に読書のこと。継続して読んでいる山川書房の世界の歴史とキーン氏の日本文学の歴史のことを。

まず世界の歴史では、前に書いた東南アジア史のあと、中央ユーラシア史と中国史を読んだ。とくに中央ユーラシア史は井上靖氏の「河岸に立ちて 歴史の川 沙漠の川」という本をたまたま同時に読みなおしていたのもあってとても面白く、今まで知らなかった中央アジア世界について本当に何枚も目からうろこが落ちた。古代からあんなにも豊穣な世界がそこにあったことはまったく知らず、中央アジアを見る目自体が変わったように思う。

日本文学の歴史は、少しペースが落ちたが多分前に書いてから12,13巻まで読了。明治、大正、昭和前期くらいまでか。夏目漱石に対して期待したほどの評価がなかったことや、谷崎潤一郎、川端康成氏についての叙述が圧巻で、とくに印象的だった。

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令和の始まり

ついに平成が終わって令和が始まった。

そういえば昭和から平成のときはどうだったかなと思い、使っているスケジュールソフトで今から30年前に飛んで見てみた。でも書き込みはまったくなくて一瞬びっくりしたが、考えてみると主に仕事で使っているソフトだし、まだ勤めていたので当たり前だ。でも翌5月になると長男が生まれている。あと同じ月には数年前に亡くなった母の誕生日があって、ちょうど今の私の歳と同じで、どちらかというとそっちの方が年月を感じさせてくれた。

朝日新聞で書かれていたが、昭和から平成のときは逝去を待っての改元だったので、改元前は天皇の病状の報道で暗くはりつめた雰囲気が漂い、巷のいろいろな行事などが、いかにも日本社会らしく、自粛に「追いこまれ?」たりした。

それに比べると今回はシンプルなお祝いの雰囲気で、まさにまた正月が来たような感じでほほえましい。平成天皇のご英断はよかったのだと思う。

まあ新天皇はわたしより年下なので、令和の最後まではおつきあいできないかもしれないが、今回の改元が、前回の改元後まもなく始まったバブルの崩壊のために、経済的に(今の時代だとつまりはほぼ全体的に)基調音が暗く、ついにそこから抜け出せないままだった平成から、もう少し明るい時代に変わるきっかけになってほしいと心から願っています。

東南アジア史のこと

昨日新しい年号が決まった。平成も今月一杯だそうだ。

さて先週末の記事で山川の東南アジア史について面白かったと書いたが、それだけではあまりにそっけないので少し補足を。

山川出版の世界の歴史のシリーズを読んできているのは、歴史を知ることに興味があるのはもちろんだが、地理についても同時に深く理解できることになるのが理由として大きい。ただ、それにはグーグルマップという現在の便利な道具の存在も非常に大きいが。

でも書いたように東南アジア史について最初あまり期待していなかったのは、文字の歴史がそれほど古くなさそうで、つまり少し古い時代のことになるとよく分からないだろうと思ったからだ。たしかにそれはある程度その通りだったが、この本の対象の大陸部東南アジアについてはとくに、多くの個性豊かで異なる民族の移動や盛衰、興亡などが物理的な地形の制約の上で、目まぐるしく華麗に展開していて百花繚乱と言いたいくらい。

そしてその結果として今の国境線に収まっているわけだが、今までほとんど知らなかった現地の山脈の山ひだや大河の走る平野など、細かく地形図を見ながら、時代に合わせて動いていく出来事の展開や連鎖をたどっていくというのはなかなか楽しい作業だった。

対象国の個性や歴史も地形が把握できてくると、初めて、そしてしばらくするとさらにいっそうよく理解できるようになっていった。そういう意味では世界の屋根であるヒマラヤ山脈の尾の部分がひしめき合いながらうねるように南東の海へなだれこんでいく複雑で動的な地形が、出来事の舞台として独特の景色をかもし出していて、とても面白く思ったのだ。

あと古くから、やはり中国との交流が濃厚で、それもベトナムでも川を深くさか登って四川盆地までつながる道が古くから重要なルートとしてあり、インドのとなりのビルマ(ミャンマー)でさえ、山脈を越えてしっかり中国とつながっていたことを知ったのは目からウロコだった。

また数年前に娘の見てきたアンコールワットは、自分もいつか目に納めてみたいと思った次第

平成も終わり

まもなく3月が終わろうとしている。あさって新年号の発表らしいので、平成も終わるということになる。

さてこのブログも1ヶ月に1回のペースになってきたが、今月は、10月に上がる予定の消費税のおかげで、かけこみ契約に向けての作業に追われ、いろいろあわただしくここを開く余裕もなかった。これは、3月中に結んだ請負工事契約は、10月以降、あるいは来年の竣工でも消費税は8%という特例があってのことだ。実施設計を詳細に詰めている余裕までとてもないので、基本設計図をもとに概算工事費をはじいてもらっての工事契約だ。

だから仕事以外となると読書が主で、それを書いておこう。まずは司馬遼太郎氏の「功名ヶ辻」。文庫本で4冊。初代土佐藩主になる山内伊右衛門とその妻が主人公の物語。時代柄、どうしても男の方の情報ばかりで物語の主役にはなるが、奥さんの方に司馬氏の力点はあったのだろうと思う。有名な?嫁入りの持参金で名馬を買ったというエピソードは、最近よく聴くようになった講談の話しでも出てきた。

次に、山川出版の「東南アジア史Ⅰ」。ⅠだからⅡもあって、Iは大陸部でⅡは島嶼部。Ⅰでとりあげられているのはベトナム、カンボジア、タイ、ラオス、ビルマ(ミャンマー)。図書館に山川の「世界の歴史」シリーズがあって、私の生まれてころに出た旧版からずっと続いて読んできているので借りてきたが、今まであまり興味のなかった東南アジアというのであまり期待していなかった。でも読んでみるとなかなか面白くて、これはうれしい誤算だった。

あとは、ドナルド・キーン氏の「日本文学の歴史」 第8、9巻。時代的には江戸時代の最後まで。西鶴、近松と元禄時代の続きがあって、上田秋声から歌舞伎、国学で荷田春満、賀茂真淵から本居宣長、。俳句では与謝蕪村、炭太祇など。幕末期の和歌で良寛さんをあまり評価されていなかったのが印象的。一茶の扱いも多少冷淡だったか。あと幕末の漢詩で頼三陽のことは目からうろこだったが、キーン氏が漢詩の評価までしっかりされているのには驚嘆した。

山東京伝は大きい取り扱いだったが、彼が手を入れて出版にこぎつけた「北越雪譜」について言及がなかったのは残念だった。今だにベストセラーと言ってもいいと思うのだが「文学的」には評価を得られなかったのだろう。

ドナルド・キーンさん逝去

昨日、ドナルド・キーン氏が亡くなった。

もちろんかなりのご高齢なのは知っていたが、やはり実際に訃報を聞くことになると、ショックが大きい。とくに昨秋から氏の書かれた「日本文学の歴史」をずっと読んできているので、本当にびっくりした。全18巻にわたる大著だが、先週半ばに第7巻を読了したところだ。そのかなりの部分を占める芭蕉に関する叙述がすばらしく、感動していたこともあってよけいに衝撃が大きかった。

まあ、「日本文学の歴史」なんてたいそうなタイトルの本は、日本人だってそうは書けないだろうし、書こうとする人もいないんじゃないかと思う。大勢で分担してというようなのなら今までにもいくつかあったと思うが、それをなんと外国生まれの白人が一人で書き通されたというのは、数巻読んだあたりから、意識に明瞭に浮かび上がってきた驚嘆だった。

とにかく一人の個人の著作ということは、現代までの歴史上に存在した日本文学「全て」に対して、一つの「標準」にそった評価が下されているという、ある意味では本当に信じがたいような状景がその中に繰り広げられているということになるわけで、そのことに気がついたときには、あきれるような思いとともに深いため息が出た。

そしてそのすぐあとに思ったことは、何とすばらしい人をわれわれは外国の友人として持てたのだろう!!追想ニュースで「自分が好きでやってきたことなのだからほめられる筋合いではありません」というようなことを話されていたが、氏が日本を好きになってくれたこと自体が神様の導きとおっしゃるなら、神様に深く感謝します。日本人は昨日、本当に得がたい人を失った。

ご冥福を心から祈ります