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松田靖弘のブログ

仕事とする建築のことや大学で教えている緑のことなどをはじめ、自分の日常の些細なことまで含めて気が向くままに書いていきます。

猪名川

先週の火曜日、兵庫県の猪名川に行ってきた報告を。
実は昨日書いた講談会より先で、書こうとは思っていたが、講談会の印象が強烈だったので、そちらを先に書くことにした次第。

静思館-1

行った目的は、猪名川霊園というところにできた建物の見学会。ただ午後1時半現地集合で、不便なところなので車で行くことにした。でもどうせ1日つぶれるならと、早めに出てどこか別のところも見学してみようと考えて探していると、別のルートだが一緒に参加したH君が、「静思館」という建物のことを見つけてくれて、そこへも行くことにしたのだった。

実は、市のWEBサイトの写真くらいしか見ていなかったので、行くまではてっきり古民家だと思っていた。場所は市役所の隣で、その駐車場に車を置いて裏口から入ったのだが、係りの人に移築ですかと聞くと違うとのこと。表に回って一度門の外へ出て、振り返っておもむろに門構えを見ると、門として見たことのないような、空間的スケールが並外れたものなのでびっくりした。

静思館-2

パンフレットや展示を見ると、昭和の初めにできた京都の高名な美術商のゲストハウスだったそうだ。氏が集められたコレクションとして展示で説明されていた中で、今は大阪中之島の東洋陶磁美術館にある国宝の「飛青磁 花生」はさすがに私も覚えていて、ウーンとうなってしまった。
(後記:これはどうやら私の誤解で、ほぼ同じようなものが今もスイスのバウアーコレクションにあるそうだからそちらが氏の収集品だろう。)

もう少し詳しいことは、ここにリンクしたパンフレットでご覧下さい。

静思館-3

確かに萱葺きの古民家然とした造りであっても、京都の数奇屋大工の手によるものだし、とにかくよく見るとギョッとするほどスケールがでかい。ケヤキの大黒柱は1尺2寸角ほどもあり、座敷の柱も4寸5分角。写真では分かりにくいが、大屋根は飛騨の合掌造りの家くらいのスケール感がある。構造も、萱葺き屋根で一般的なサス組みではなくて洋風トラスが入っているそうだ。

高架水槽による水洗便所まであってなかなか面白く、まあ一見の価値は十分ある建物だと思うから、もう少し宣伝されてもよいのではないかと思った次第。

さて肝心の猪名川霊園の礼拝堂・休憩棟について書く前に息が切れてしまった。

猪名川霊園-1

一番印象に残ったのはやはり礼拝堂の空間だ。とくにその庭がすばらしかった。

猪名川霊園-3

でも山野草の中庭は、造りはなかなか面白いと思ったが、あの場所ではあまりに弱すぎる印象で、もう少しやりようがなかったか。ただあたりの山に針葉樹の植林が見当たらなかったのが印象的で、広葉樹のやわらかい山肌がすばらしい背景になっていた。興味のある方は、ここにリンクしたWEBサイトや建築雑誌などでご覧下さい。

猪名川霊園-2

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旭堂南龍 襲名披露会

中央電気会館2018

昨日の土曜日、北区の中央電気倶楽部であった講談会に行ってきた。

旭堂南青改め南龍の襲名、それと同時に彼の真打昇進の披露も兼ねての記念講談会。会場の中央電気倶楽部は、写真で見るように文化財として保存の声も上がるような、いわゆる「近代の洋風建築」として、名前のほかにも小さな写真では知っていたが行くのは初めて。

と言っても建物に魅かれて行ったわけではなく、奈良の催しで近年数回、とても面白く聴かせてもらっている旭堂南左衛門さんの一番弟子が南青さんであり、もちろん師匠も出られるので行ってみようと思った次第。ただチラシで見ると、講談師の名前が本人のほかに7名も並んでいて、あまりに盛りだくさんすぎるようにも思え、今まで講談だけの会など行ったこともないから、正直、多少不安な気持ちもかかえながら出向いた。

開演前に前講といって、若い人が携帯電話のことなど聴講の注意点などを話しに出てきて、そのあと自分も一席(なかなかうまかった)。本式に始まってからはまず3席あって15分の休憩をはさみさらに3席。後半の初めが知っている南左衛門さんで、冒頭に、実は自分が同じような披露会をしてもらってから31年、もう一人3年ほどあとにあったが、関西ではそれ以来27年ぶりの襲名真打披露の会なのですと説明があった。

会場は最上階(5階)の大広間。天井が低めの体育館のようなスケールで、重厚な木製化粧格子のアーチ型天井をもった造りになっている。人数は概算でも数えなかったから分からないがまったくの満席で、少なくとも500人はいたかという盛況だった。

南龍さんのほかに講談師7名と書いたが、そのうちに東京の講談師が3名。みなさん有名な師匠だそうだが、大阪勢と比べるとかなりご高齢ではあり、声の張りと滑舌が弱く多少聞き取りにくいところもあった。でもある師匠が言われていたが東京では講談師の数は60名弱で、その中で女性が半分以上というのには驚いた。数は少ない大阪でも1/3くらいが女性だそうで、両方足すとほぼ半々くらいになる。

講談6席が終わってまた休憩。南左衛門さんが、今日は3時間半くらいはかかると思うので歌舞伎を見にきたつもりでいてくださいね。絶対途中で帰らないでと言うのを聞いていたし、まあ腹はくくっていたが、それぞれなかなか面白かったし、帰ろうと思うどころか十分楽しい時間を過ごさせていただいた。

二回目の休憩前に幕が下りていて、幕が上がると南龍さんを中央に演者全員が舞台にずらりと並んで座っていて口上の場。東京の師匠方から始まり全員から次々にお祝いの口上が述べられ、合間の拍手が幾度も重なり熱気も高まってにぎやかな時間だった。

一度幕が下りて、いよいよ最後。

幕が上がると今日の真打である南龍さんの口演。お題は赤穂浪士の外伝、直助のお話。私は彼の講談を聴くのは初めてだが、緊張の前振りから始まって大団円の最後まで、観衆の視線と感情を真正面から受けとめて、若いながら気迫のこもった見事な舞台だった。講談というものを堪能させていただいたように思う。

会場席で、奈良で講談や落語を合わせた酒の会をやっておられるN氏の顔を家内がお見かけし、終演後帰りぎわの立ち話で、今日の南龍さん(南青)がその会で14年前に初めて講談を披露されたというのを知ったが、そのころから彼は精進の度合いがほかの人たちとはまったく違ったよと、べた褒めされていたのが印象的だった。

まあ行く前はそんなに大層な会だとは夢思わなかったが終わってみると4時間を超えていて、27年ぶりの会でもあるし、東京大阪の交流のなか講談界の行く末に、南龍さんにかけられた期待の大きさがひしひしと伝わってくるような、応援に励ましと熱気にあふれたすばらしい会だったと思う。自分にとってはたまたまかもしれないが、こういう濃密な時間に同席させていただけたことに感謝したいと思うし、彼のこれからのご活躍を心から祈念したいと思います。

大響の第222回定期演奏会

またかなり間があいてしまった。

さて記事としては少し遅くなったが、先週の木曜日に行ったコンサートが、久しぶりになかなか面白く思ったので報告。

大阪交響楽団の第222回定期演奏会。曲目はアメリカのバーンスタインとロシア(ソ連)のショスタコービッチの交響曲で、2人ともまったく20世紀の人間だから、テーマが20世紀音楽の演奏会ということだ。バーンスタインはともかく、ショスタコービッチは世紀末の生まれかと思ったら生誕は1906年。政治が音楽にまでずけずけと文句をつけるような国と体制だったから、ある程度は保守的にならざるをえなかったのだろう。

休憩をはさんだ最後がショスタコービッチの交響曲5番。彼の音楽はコンサートで何回か聴いたことはあるがあまり覚えていない。プログラムの解説でマーラーの5番が引き合いに出されていたが、そちらの方が「進んでいる」ような感じがしたくらい。素人なりに曲の感想を言うと、ドイツロマン派の流れの正統ラインのかっちりとした造りで、構成は緻密でたくましく、堂々たる音楽にはまちがいない。でも20世紀なりにニュアンスも多様だが、激しいときにもどこか陰鬱な抑制のようなものを合わせて強く感じさせられた。だからCDを買ってまで聴きたいとは思わないか。

余談だが今朝、手元の吉田秀和氏の本を開いてみたら、ずっとあとの晩年の交響曲14、15番について「彼がこんなに深いところまで行くとは思わなかった」と書かれていて、いつか聴いてみたいと思った次第。

曲目では、前半の2曲目のバーンスタインの交響曲第2番の方が自分にとっては面白かった。ウエストサイドストーリーの音楽は知っているが、彼のクラシックの範疇の作品を聴くのは初めて。感想は、まあとにかく面白かったし、とくに最後の盛り上がりは独特なもので、率直にすばらしいと思った。

さて、コンサートを面白いと思った一番の理由をこれから書こう。それは2人の若手の人たち。
まず指揮者がジョナサン・ヘイワードという米国人で、1992年生まれだからまだ若冠26歳のアフリカ系。一見奔放に見えるほどの躍動感あふれる指揮ぶりで、引き締まった細みの肉体に、ぴったりあったフォーマルな黒の衣装が、俊敏な動作の激しさに映えて見ほれてしまった。もちろん音楽がよかったのがこの評の前提で、本当にすばらしかったと思う。

もう一人はバーンスタインの交響曲2番で、初演でのバーンスタインに代わって舞台中央のピアノをひいたアンドリュー・タイソンというピアニスト。プログラムに年齢は書いてなかったが、指揮者と友人らしいし、かなり若いのは確か。なんとも繊細な雰囲気だが、同時に若々しい息吹と強さを感じさせてくれる演奏で、アンコールでひいたスカルラッティのソナタも含め、なかなかのものだった。

10年後、この二人はどんな風になっているんだろうかと思った次第

住真田山EAST 竣工引渡し

住真田山EAST180817

このところかかりきりになっていた「住真田山EAST」の建築工事がようやく完成し、この月曜日に引渡しだった。工務店はM建設というところで、決して大きくはないゼネコンだが、昔から安藤忠雄氏の作品を数多く手がけてきていて、「コンクリート打放し」となれば、現在の日本ではピカイチと言ってもいい評価を受けているすばらしい会社だ。

自分にとって仕事をしてもらうのは今回が三回目。でも今までが自分の期待をはるかに超えてすばらしかっただけに、今回の工事終盤には多少幻滅させられた。引渡しがすんだ翌日、営業の人には不満を表明し、取締役のA氏に伝えてもらうようお願いした。

まあ建設業界は、バブル破綻の深手からようやく回復し、東京オリンピック開催というビッグイベントを控えて、一部かもしれないが、かなりの上昇気流があって「いけいけどんどん」の雰囲気もある。M建設も東京支店を開設し、その気流にうまく乗って、業績と会社の規模を急拡大しつつあるところだ。

だからそれに合わせて人材も集めてきたが、やはり「急」というところで多少無理が出るのも仕方がないのかもしれない。でも、それならそれで会社上層部や管理部が必要なところはしっかりとフォローしていく体制を気迫を持って作っていかなければならないと思う。単に現場の所長まかせで逃げるのでは会社として批判されても仕方がないだろう。忙しいというのは言い訳にはならない。

今回は、社内検査はあったものの、1階はとても完成とは言い難い状態。問い詰めると再検査をやったと言うが、なんと月曜日の引渡しの2日前の土曜日。暗澹とした気持ちで私が3回目の検査をやった翌日だ。もはや不備にきちんと手を打てる時期ではなく、おざなりと言われても仕方がないだろう。これではまともなゼネコンの現場とは言えない。

安藤忠雄氏の仕事を最初に担当され、取締役で今年退職されたF氏の風韻が、私にとってM建設のやる仕事の印象の原点だ。その歴史を汚すことなく、これからも大事にしてほしいと営業のM氏には心からお願いした次第。

近況とほろよい寄席

いよいよ大詰めを迎えた仕事の現場が、明日、民間検査機関の完了検査。施主への引渡しは盆明け20日だが、7階建ての賃貸住宅で、入居者も大分決まってきているので、いろいろ雑用にも時間をとられ、心労も重なりここに書く余裕がなく、間があいてしまった。

また手術後の余韻もあって、ウォーキングもしばらく休んでおり、ようやく先月の梅雨明けの声と同時に再開した。でもそこからの猛暑は本当にすさまじい。ウォーキングは早朝だから、まだ少しは涼しいのだが、再開して数日後、疲労なのか、少し暑かったからか、いつものように途中で体操しようと思ったら多少ふらつき、これはまずいと思って軽く流して終わったこともあった。



さて上の写真は、先週末に奈良のホテルフジタであった「ほろよい寄席」の写真。落語二席に講談がはさまり、それらを聴いてから食事と酒の会。私は2回目だが、今回はトリが桂きん枝さんで、ネームバリューもあるからか、会場もよくて楽しい時間だった。きん枝さんの落語を聴くのは多分はじめてだが、さすがに年季を積んでこられたと思わせる内容だった。ただ前振りの時間が長く、これなら尻切れトンボだった講談の方に少し時間を回してあげればよかったのにと思った次第。