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松田靖弘のブログ

仕事とする建築のことや大学で教えている緑のことなどをはじめ、自分の日常の些細なことまで含めて気が向くままに書いていきます。

令和の始まり

ついに平成が終わって令和が始まった。

そういえば昭和から平成のときはどうだったかなと思い、使っているスケジュールソフトで今から30年前に飛んで見てみた。でも書き込みはまったくなくて一瞬びっくりしたが、考えてみると主に仕事で使っているソフトだし、まだ勤めていたので当たり前だ。でも翌5月になると長男が生まれている。あと同じ月には数年前に亡くなった母の誕生日があって、ちょうど今の私の歳と同じで、どちらかというとそっちの方が年月を感じさせてくれた。

朝日新聞で書かれていたが、昭和から平成のときは逝去を待っての改元だったので、改元前は天皇の病状の報道で暗くはりつめた雰囲気が漂い、巷のいろいろな行事などが、いかにも日本社会らしく、自粛に「追いこまれ?」たりした。

それに比べると今回はシンプルなお祝いの雰囲気で、まさにまた正月が来たような感じでほほえましい。平成天皇のご英断はよかったのだと思う。

まあ新天皇はわたしより年下なので、令和の最後まではおつきあいできないかもしれないが、今回の改元が、前回の改元後まもなく始まったバブルの崩壊のために、経済的に(今の時代だとつまりはほぼ全体的に)基調音が暗く、ついにそこから抜け出せないままだった平成から、もう少し明るい時代に変わるきっかけになってほしいと心から願っています。

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東南アジア史のこと

昨日新しい年号が決まった。平成も今月一杯だそうだ。

さて先週末の記事で山川の東南アジア史について面白かったと書いたが、それだけではあまりにそっけないので少し補足を。

山川出版の世界の歴史のシリーズを読んできているのは、歴史を知ることに興味があるのはもちろんだが、地理についても同時に深く理解できることになるのが理由として大きい。ただ、それにはグーグルマップという現在の便利な道具の存在も非常に大きいが。

でも書いたように東南アジア史について最初あまり期待していなかったのは、文字の歴史がそれほど古くなさそうで、つまり少し古い時代のことになるとよく分からないだろうと思ったからだ。たしかにそれはある程度その通りだったが、この本の対象の大陸部東南アジアについてはとくに、多くの個性豊かで異なる民族の移動や盛衰、興亡などが物理的な地形の制約の上で、目まぐるしく華麗に展開していて百花繚乱と言いたいくらい。

そしてその結果として今の国境線に収まっているわけだが、今までほとんど知らなかった現地の山脈の山ひだや大河の走る平野など、細かく地形図を見ながら、時代に合わせて動いていく出来事の展開や連鎖をたどっていくというのはなかなか楽しい作業だった。

対象国の個性や歴史も地形が把握できてくると、初めて、そしてしばらくするとさらにいっそうよく理解できるようになっていった。そういう意味では世界の屋根であるヒマラヤ山脈の尾の部分がひしめき合いながらうねるように南東の海へなだれこんでいく複雑で動的な地形が、出来事の舞台として独特の景色をかもし出していて、とても面白く思ったのだ。

あと古くから、やはり中国との交流が濃厚で、それもベトナムでも川を深くさか登って四川盆地までつながる道が古くから重要なルートとしてあり、インドのとなりのビルマ(ミャンマー)でさえ、山脈を越えてしっかり中国とつながっていたことを知ったのは目からウロコだった。

また数年前に娘の見てきたアンコールワットは、自分もいつか目に納めてみたいと思った次第

平成も終わり

まもなく3月が終わろうとしている。あさって新年号の発表らしいので、平成も終わるということになる。

さてこのブログも1ヶ月に1回のペースになってきたが、今月は、10月に上がる予定の消費税のおかげで、かけこみ契約に向けての作業に追われ、いろいろあわただしくここを開く余裕もなかった。これは、3月中に結んだ請負工事契約は、10月以降、あるいは来年の竣工でも消費税は8%という特例があってのことだ。実施設計を詳細に詰めている余裕までとてもないので、基本設計図をもとに概算工事費をはじいてもらっての工事契約だ。

だから仕事以外となると読書が主で、それを書いておこう。まずは司馬遼太郎氏の「功名ヶ辻」。文庫本で4冊。初代土佐藩主になる山内伊右衛門とその妻が主人公の物語。時代柄、どうしても男の方の情報ばかりで物語の主役にはなるが、奥さんの方に司馬氏の力点はあったのだろうと思う。有名な?嫁入りの持参金で名馬を買ったというエピソードは、最近よく聴くようになった講談の話しでも出てきた。

次に、山川出版の「東南アジア史Ⅰ」。ⅠだからⅡもあって、Iは大陸部でⅡは島嶼部。Ⅰでとりあげられているのはベトナム、カンボジア、タイ、ラオス、ビルマ(ミャンマー)。図書館に山川の「世界の歴史」シリーズがあって、私の生まれてころに出た旧版からずっと続いて読んできているので借りてきたが、今まであまり興味のなかった東南アジアというのであまり期待していなかった。でも読んでみるとなかなか面白くて、これはうれしい誤算だった。

あとは、ドナルド・キーン氏の「日本文学の歴史」 第8、9巻。時代的には江戸時代の最後まで。西鶴、近松と元禄時代の続きがあって、上田秋声から歌舞伎、国学で荷田春満、賀茂真淵から本居宣長、。俳句では与謝蕪村、炭太祇など。幕末期の和歌で良寛さんをあまり評価されていなかったのが印象的。一茶の扱いも多少冷淡だったか。あと幕末の漢詩で頼三陽のことは目からうろこだったが、キーン氏が漢詩の評価までしっかりされているのには驚嘆した。

山東京伝は大きい取り扱いだったが、彼が手を入れて出版にこぎつけた「北越雪譜」について言及がなかったのは残念だった。今だにベストセラーと言ってもいいと思うのだが「文学的」には評価を得られなかったのだろう。

ドナルド・キーンさん逝去

昨日、ドナルド・キーン氏が亡くなった。

もちろんかなりのご高齢なのは知っていたが、やはり実際に訃報を聞くことになると、ショックが大きい。とくに昨秋から氏の書かれた「日本文学の歴史」をずっと読んできているので、本当にびっくりした。全18巻にわたる大著だが、先週半ばに第7巻を読了したところだ。そのかなりの部分を占める芭蕉に関する叙述がすばらしく、感動していたこともあってよけいに衝撃が大きかった。

まあ、「日本文学の歴史」なんてたいそうなタイトルの本は、日本人だってそうは書けないだろうし、書こうとする人もいないんじゃないかと思う。大勢で分担してというようなのなら今までにもいくつかあったと思うが、それをなんと外国生まれの白人が一人で書き通されたというのは、数巻読んだあたりから、意識に明瞭に浮かび上がってきた驚嘆だった。

とにかく一人の個人の著作ということは、現代までの歴史上に存在した日本文学「全て」に対して、一つの「標準」にそった評価が下されているという、ある意味では本当に信じがたいような状景がその中に繰り広げられているということになるわけで、そのことに気がついたときには、あきれるような思いとともに深いため息が出た。

そしてそのすぐあとに思ったことは、何とすばらしい人をわれわれは外国の友人として持てたのだろう!!追想ニュースで「自分が好きでやってきたことなのだからほめられる筋合いではありません」というようなことを話されていたが、氏が日本を好きになってくれたこと自体が神様の導きとおっしゃるなら、神様に深く感謝します。日本人は昨日、本当に得がたい人を失った。

ご冥福を心から祈ります

2019年 明けまして

2019年 明けましておめでとうございます

写真は一枚もとってこなかったが、昨日、今年最初の日は名古屋に行ってきた。今年は帰省する息子に加え娘夫婦も来るというので、多少いつもより正月の準備も手厚かったが、残念ながら娘が風邪をひいてあきらめざるをえなくなり、それならと、おせちや尾かしらつきのタイまで持って、急遽ここっちから名古屋の娘夫婦の住まいまで出向くことにしたのだった。

まあそんなに娘の風邪もひどくなく、ほぼ回復してきていたので、みんなで軽くおとそも楽しんでから、有名な熱田神宮へ初詣に行ってきた。大事をとって娘は来なかったが、すさまじいくらいの人出で、出てこなくてよかったと思った次第。わざわざつきあってくれたご主人には感謝。

今日は年賀状の補足を書きに出てきたが、急いで書いた大晦日の記事に少し手をいれてからこれを書いている。寒さもきつすぎず天候も晴天で、とりあえずおだやかな正月のすべりだしとなった。まあ年の功というべきか、人間の分際で願えることの限界についてだんだん悟ってきてるいるから、いまやおだやかな年の初めだけでもありがたいと思う。

本年がきっとよい年でありますよう