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松田靖弘のブログ

仕事とする建築のことや大学で教えている緑のことなどをはじめ、自分の日常の些細なことまで含めて気が向くままに書いていきます。

マーワラーアンナフル

「マーワラーアンナフル」と言っても知っている人は少ないと思う。まあこの前書いた「中央ユーラシア史」の本を読むまではわたし自身もまったく知らなかった。。アラビア語の地域名称で「河の向こう」というような意味だそうだ。中央アジアのサマルカンドというと名前くらいは知っている人も多いと思うが、パミール高原に発してサマルカンドの南を走り徐々に西北に流れて最後はアラル海に達するアム川というのがその「河」になる。もう一本やはりパミール高原に発するシル川というのが北にあって、この両河にはさまれた地域の名称のようだ。そこはある時期、イスラム文化が華麗に花開いた中心地のひとつだった。

この二つの河は、前回書いた井上靖氏の本でも出てきて、敬称とも愛称ともつかぬ感じで、川ごと現地語の「アムダリヤ・シルダリヤ」と呼んでおられたが、それだけ中央アジア史において何回も光をあびた、重要な河と地域だったということだろうと思う。

アラビア語だから多分8世紀以降、イスラム教の布教後の呼称になるだろうが、あたりの地名と音の響きがまったく違い、なんともやさしく上品な感じがして、本で最初に出てきたときには違和感があったが、しばらくしてから心になじみ、深く印象に残る地名になった。

実はこの前書いてからすぐに書こうと思ったのだが、仕事が忙しくなってそのままになってしまっていた。山川の世界の歴史は、そのあと「中国史」を読み、いまは「西アジア史Ⅰ アラブ」というのを読んでいて、当然7世紀以降はイスラムが主役になり、数回「マーワラーアンナフル」も出てきたものの担当地域外だからあまり関係なかった、でもⅡの方はトルコ、イランで、あそこはイランに連なる地域なので、そちらが楽しみだ。またⅠではそれほど言及のなかった千一夜物語や、イブン・バットゥータの大旅行記の話しなど、イスラム文化の盛雅の叙述が読めるのではないかと期待している。

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東南アジア史のこと

昨日新しい年号が決まった。平成も今月一杯だそうだ。

さて先週末の記事で山川の東南アジア史について面白かったと書いたが、それだけではあまりにそっけないので少し補足を。

山川出版の世界の歴史のシリーズを読んできているのは、歴史を知ることに興味があるのはもちろんだが、地理についても同時に深く理解できることになるのが理由として大きい。ただ、それにはグーグルマップという現在の便利な道具の存在も非常に大きいが。

でも書いたように東南アジア史について最初あまり期待していなかったのは、文字の歴史がそれほど古くなさそうで、つまり少し古い時代のことになるとよく分からないだろうと思ったからだ。たしかにそれはある程度その通りだったが、この本の対象の大陸部東南アジアについてはとくに、多くの個性豊かで異なる民族の移動や盛衰、興亡などが物理的な地形の制約の上で、目まぐるしく華麗に展開していて百花繚乱と言いたいくらい。

そしてその結果として今の国境線に収まっているわけだが、今までほとんど知らなかった現地の山脈の山ひだや大河の走る平野など、細かく地形図を見ながら、時代に合わせて動いていく出来事の展開や連鎖をたどっていくというのはなかなか楽しい作業だった。

対象国の個性や歴史も地形が把握できてくると、初めて、そしてしばらくするとさらにいっそうよく理解できるようになっていった。そういう意味では世界の屋根であるヒマラヤ山脈の尾の部分がひしめき合いながらうねるように南東の海へなだれこんでいく複雑で動的な地形が、出来事の舞台として独特の景色をかもし出していて、とても面白く思ったのだ。

あと古くから、やはり中国との交流が濃厚で、それもベトナムでも川を深くさか登って四川盆地までつながる道が古くから重要なルートとしてあり、インドのとなりのビルマ(ミャンマー)でさえ、山脈を越えてしっかり中国とつながっていたことを知ったのは目からウロコだった。

また数年前に娘の見てきたアンコールワットは、自分もいつか目に納めてみたいと思った次第

平成も終わり

まもなく3月が終わろうとしている。あさって新年号の発表らしいので、平成も終わるということになる。

さてこのブログも1ヶ月に1回のペースになってきたが、今月は、10月に上がる予定の消費税のおかげで、かけこみ契約に向けての作業に追われ、いろいろあわただしくここを開く余裕もなかった。これは、3月中に結んだ請負工事契約は、10月以降、あるいは来年の竣工でも消費税は8%という特例があってのことだ。実施設計を詳細に詰めている余裕までとてもないので、基本設計図をもとに概算工事費をはじいてもらっての工事契約だ。

だから仕事以外となると読書が主で、それを書いておこう。まずは司馬遼太郎氏の「功名ヶ辻」。文庫本で4冊。初代土佐藩主になる山内伊右衛門とその妻が主人公の物語。時代柄、どうしても男の方の情報ばかりで物語の主役にはなるが、奥さんの方に司馬氏の力点はあったのだろうと思う。有名な?嫁入りの持参金で名馬を買ったというエピソードは、最近よく聴くようになった講談の話しでも出てきた。

次に、山川出版の「東南アジア史Ⅰ」。ⅠだからⅡもあって、Iは大陸部でⅡは島嶼部。Ⅰでとりあげられているのはベトナム、カンボジア、タイ、ラオス、ビルマ(ミャンマー)。図書館に山川の「世界の歴史」シリーズがあって、私の生まれてころに出た旧版からずっと続いて読んできているので借りてきたが、今まであまり興味のなかった東南アジアというのであまり期待していなかった。でも読んでみるとなかなか面白くて、これはうれしい誤算だった。

あとは、ドナルド・キーン氏の「日本文学の歴史」 第8、9巻。時代的には江戸時代の最後まで。西鶴、近松と元禄時代の続きがあって、上田秋声から歌舞伎、国学で荷田春満、賀茂真淵から本居宣長、。俳句では与謝蕪村、炭太祇など。幕末期の和歌で良寛さんをあまり評価されていなかったのが印象的。一茶の扱いも多少冷淡だったか。あと幕末の漢詩で頼三陽のことは目からうろこだったが、キーン氏が漢詩の評価までしっかりされているのには驚嘆した。

山東京伝は大きい取り扱いだったが、彼が手を入れて出版にこぎつけた「北越雪譜」について言及がなかったのは残念だった。今だにベストセラーと言ってもいいと思うのだが「文学的」には評価を得られなかったのだろう。

ドナルド・キーンさん逝去

昨日、ドナルド・キーン氏が亡くなった。

もちろんかなりのご高齢なのは知っていたが、やはり実際に訃報を聞くことになると、ショックが大きい。とくに昨秋から氏の書かれた「日本文学の歴史」をずっと読んできているので、本当にびっくりした。全18巻にわたる大著だが、先週半ばに第7巻を読了したところだ。そのかなりの部分を占める芭蕉に関する叙述がすばらしく、感動していたこともあってよけいに衝撃が大きかった。

まあ、「日本文学の歴史」なんてたいそうなタイトルの本は、日本人だってそうは書けないだろうし、書こうとする人もいないんじゃないかと思う。大勢で分担してというようなのなら今までにもいくつかあったと思うが、それをなんと外国生まれの白人が一人で書き通されたというのは、数巻読んだあたりから、意識に明瞭に浮かび上がってきた驚嘆だった。

とにかく一人の個人の著作ということは、現代までの歴史上に存在した日本文学「全て」に対して、一つの「標準」にそった評価が下されているという、ある意味では本当に信じがたいような状景がその中に繰り広げられているということになるわけで、そのことに気がついたときには、あきれるような思いとともに深いため息が出た。

そしてそのすぐあとに思ったことは、何とすばらしい人をわれわれは外国の友人として持てたのだろう!!追想ニュースで「自分が好きでやってきたことなのだからほめられる筋合いではありません」というようなことを話されていたが、氏が日本を好きになってくれたこと自体が神様の導きとおっしゃるなら、神様に深く感謝します。日本人は昨日、本当に得がたい人を失った。

ご冥福を心から祈ります

2018年 大晦日 悲しき熱帯

さて今年最後の日になった。読書のことを書いておこう。

ことし一番印象に残った本となると、文句なしにフランスの文化人類学者レヴィ・ストロース氏の「悲しき熱帯」だ。

(読んだのはもちろん邦訳で講談社学術文庫のものだが「悲しき南回帰線」という邦題がついている。ただ南回帰線というのは内容にあまり関係のないロマンティックな効果だけの言葉で、書物の内容からしても違和感が強すぎる。ただ「悲しき熱帯」という直訳ではあまりに即物的なタイトルではあるけれども)

学術書ではなく、氏がまだ若いころサンパウロ大学時代にやりとげたアマゾン奥地への調査旅行記が中心の書物。ただそれだけではなくて、話しも時代もあちこちに錯綜して飛びつつ、第二次大戦期のはじめ、ドイツ軍がパリ侵攻のあとで作ったフランスのヴィシー政府のもと、ユダヤ人である氏がスリリングな経緯を経て船で出国する顛末や、そのあと過ごしたニューヨークの郊外、ファイアーアイランドの特異な景色、インド(パキスタン)のガンダーラ遺跡の風景などもちりばめながら、各所で辛らつな文化文明批評が語られていて、全体としてはすばらしい紀行文と言ってよいのかもしれない。

アマゾン奥地の調査記は、昔読んでこれもすばらしく感動した本多勝一氏のニューギニア高地人のルポを思い出したが、接触できたさまざまな現地民の生きざまが語られていて、グーグルマップをたどりながらゆっくり読んでいった。だから読み終わったときは自分も一緒に旅してきたような軽い疲労感と高揚感まで味わうことができたのだった。

自分にとって本の中でのピークは、下巻のはじめごろだったか、その日に読んだ新聞か雑誌の記事について昔の調査旅行を思い出しつつ書いた彼の慨嘆の部分。記事でとりあげられていたのはこの本にもある昔の調査旅行で取材したナミビクワラ族のことだった。その記者がアマゾンのどこか田舎の町で遭遇したナミビクワラ族の人たちに対して、思いやりのかけらもない侮蔑的な記事を書いていることに、レヴィ氏がアマゾン原野の透明な結晶質の星空の下(昔のことかまた行かれたときか忘れたが)眠りにつこうとしながら天に向かって語りかける痛憤と悲嘆の場面。

氏のこの天にも届けと言わんばかりの痛切な詠嘆に対しては、本当にわたしも深く、そして強く魂をゆさぶられた。

つたない言葉でしか書けないが、人間の生きている基底のそのまだずっと底というようなものの存在を、あざやかに感じさせてくれるような文章だったと思う。地面にじかに寝てくらす(彼らのような人たちでもほとんどいない)彼らよりも、われわれは本当にうるわしくすぐれた生活を送っていると言えるのか、彼らの生きている姿の輝きは、彼らの方がもしかしたら幸せということをもの語っているのではないのか、彼我の生活は考えて比較するにも次元が違うところにいるのは確かだろうが、その違いのはざまにある堅い壁をものともせず、それを足で乱暴に蹴破ってしまうような痛烈なレヴィ氏の絶唱は、わたしにとって生まれて初めて、人間の幸せということについて、そんな彼我の違いを超えて感じ考えられる地平線のようなものをかいま見せてくれたように思う。

うまく書けないがもう少し続けると、自分も「未開人」に対して初めて、深い敬意をもって接するための共通する地平とそのための立脚点というようなことについて、多少なりと会得することができたように思ったのだ。文化文明の違いをまたにかける真の「文化人類学者」とは彼のようなことを言うのだろうかと心から思った次第。

長くなった。オセアニアや東ヨーロッパ史、またとくにインドについては多少なりと書きたかったが息が切れてしまった。まあ上のを書ければとりあえず満足と思って書き出したから、今年はこのくらいで。

来る年が本当によき年でありますよう
みなさま どうかよいお年をお迎えください