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松田靖弘のブログ

仕事とする建築のことや大学で教えている緑のことなどをはじめ、自分の日常の些細なことまで含めて気が向くままに書いていきます。

仕事納め

今年もあと二日と少しを残すのみになった。事務所は昨日で仕事納め。昼前から大掃除で、カタログ類を整理し、図面をしまう引き出しを空にした。かなりの量をごみに出したと思うが、期待ほどには減らないものだ。

だから今日から休みのはずだが、帳簿の整理や帝塚山のレポートの採点などもあって、気分はちょっとゆるんだものの仕事のつもりで事務所に出てきた。あまり進まなかったが、これからまた一つ年を越えると思うとそれなりに感慨深い。

去年も友人たちと作っている掲示板に書いたことだが、大晦日の年を越えるあたりで気持ちがなぜかとても静かになり、深い海の底に一旦潜っていくような気分になる。そしてそれが毎年ごとに少しずつだが深くなっていくように思う。予定表にはすでに来年の予定もちらほら入って、表向きはまったく連続した時間なのに、予定など気にしていなかった昔よりもかえって断絶感は強いのだ。まあそういう意識が強まっただけということかもしれないが、年越しをひそかに祝う思いも増して、これは多分よいことだろうと思っている。

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アントニン・レーモンド

今朝の朝日新聞の「天声人語」に建築家A.レーモンド氏のことが出ていた。リーダイス・ダイジェスト日本社屋についての当時の構造論争のことだ。この建物は戦後まもなくの建築だが、残念ながら短命で40年ほども前に建替えられてしまったので私も図面や写真でしか知らない。でもそれは、本当に夢見るような美しい建築で、日本の建築史上、世界のトップ水準を抜いた数少ない瞬間の一つだったと今でも思う。

わたしがレーモンド事務所に入ったのは、もはや彼が引退しアメリカに帰って亡くなられた頃だったが、すでにその建物もなく、実物を目にすることができなかったのを本当に残念に思った記憶がある。そして彼が当時の建築界で浴びせられたその構造への不信感に対して、いかに憤慨していたかというのは自伝を含めた文章などでよく覚えている。

2階建てのコンクリート造の細長い建物だが、長手の方向は全面大きなガラス壁に深い庇とバルコニーのみという非常にシンプルな構成。両端の短辺はコンクリートの壁だがその中間には柱がない。当時の構造論争の詳細については私はほとんど知らないが、レーモンドの反論を読むかぎり、この中間に柱がないことが不信感を招いた原因の一つだったようだ。でも実際には柱がないわけではなく、少し傾斜した鉄骨の細い柱が何本も立っている。細くて材質も鉄のパイプなので、外見上は構造というよりもサッシュの一部か装飾のようにしか見えず、結果としてはあざやかに水平線が強調され、深い透明度をもったため息さえ出るようなすばらしい空間が実現されていた。

記憶にあるレーモンドの反論は、この鉄骨のパイプは単なる外装で、その中にさらに細い鉄骨柱がありその中にはコンクリートがきちんと充填されていて、耐力的にも、また耐火上も十分な性能をもつ構造材となっているのに、どうしてそれを認めようとしないのかというはげしい怒りの声であった。

当時はまだまだ日本の構造基準も発展途上の段階で、コンクリート造と鉄骨造をまじえて使うことなど認められていなかったと思う。計算不可能だしつまりは構造的に「不純」だというところか。

それに対しての反論だとすれば正当とも考えられるが、この鉄とコンクリートのパイプ柱は、純粋なコンクリート造とは確かにいえず、今の高層建築でよく使われるSRC造(鉄骨と鉄筋コンクリートの混合構造)の先がけのようなものだった。だから当時の技術基準の絶対性をふりかざすような一部の潔癖な構造技術者たちにとって、簡単に認めるわけにはいかないということだったのかもしれない。

ただ言っておきたいのは、戦時中引き上げていたアメリカから勇躍日本に戻ってきたレーモンドのところには、当時の日本の精鋭たちが競って集まってきており、これは構造部門もまったく例外ではなかったということだ。デザイン・意匠は別としてもレーモンド事務所は、構造・設備の分野で当時日本の最先端の技術力を持つ設計事務所であったのは確かだと思う。

姉歯建築士-6

建築家の倫理についてまとめていきたい。まず建築家という職業の内容には大きく二つの要素があると言ってよいと思う。一つは言うまでもなく設計だが、それはいわゆるデザインや意匠という言葉で言われるような分野が主で、目に見える造形物としての建築が主題だ。つまり美的感覚やセンスがいわゆる建築家としての能力の大きな尺度となる。ひっくるめて芸術家・デザイナーと呼ばれるゆえんだろう。

もちろん設備や構造も目に見える形として表れてくるので、それら全てに主導的な立場で関わりを持つことになる。設備については必要十分な機能を確定して機器の選定にも加わり、露出する部分の配置や配色ともなればまったくわれわれの領分だ。構造については、デザイン様式の一つとして構造そのものを造形的主題としたスタイルがあって、これは昔から日本人には好まれる傾向にあるほどだから、柱や梁の寸法にまで細かくこだわることが多い。・・・続く

武庫川女子大学

やはり師走というくらいだからか、今週もあまりじっくり事務所で仕事をする時間がとれない。昨日は、夕方から羽曳野の医院へ追加工事費の説明に出向いた。ロールカーテン類の打ち合わせもあったが、ようやくこれでわたしの仕事もほぼ終了ということになる。

ふり返ると2年にも満たない時間で、この規模からするとわたしにとってはかなり短い方だと思うが、それでも当初の予定よりはかなりの遅れが出てしまった。出来たものにご満足いただいているのはうれしいし何よりなのだが、施主にご迷惑をかけたのは確かなことでそれが心残り。

今日は夕方、予約した時間に近くのシマ歯科へ。月曜日は午前中帝塚山大学だったし、明日は朝から武庫川女子大。今期の最終日で作品の講評会だが、実はさすがに週二日出講だとあまりにきついので、申し訳ないが武庫川女子大の方は今期限りということにしてもらった。だから明日が本当の最終日となる。まあ年明けにもう一度採点に出向かねばならないが、学生に向かって話しをするのはこれが最後。これまで10年ほど通ってきたわけだから、そう思うと少し寂しい気持ちがする・・・。

週末の顛末

あわただしい週末だった。ようやく週が明けたとほっとしたくらいでこんなことは本当に久しぶりだ。

改修工事が終わって家庭内LAN配線もでき、土曜日は高校生の息子にずっと前からせがまれていたPCを買いに昼過ぎから日本橋までつきあう。前からある古いPCも電源装置が壊れたようでその修理もあった。

その夜は8時から月一回のボーイスカウトの団委員会。私は財政委員(つまりは会計)で、今回は遅れている昨年度の会計報告をしなくてはならずその準備もあった。おまけに翌日曜日は「クリスマス会」。夕方までには終わるだろうと思って日曜夜に施主との打ち合わせを入れていたら、今回は夕方からになったとのことであわてた。途中で抜けさせてもらったが、こういうのは最後の片付けが一番大変なのだ。

それらの合間を縫ってPCの修理、予想通り買ってきた電源装置に取り替えたら見事に復旧した。夜の打ち合わせを終えてから帰宅すると、息子の視線を感じながら夕食もそこそこにやりかけていたLANの設定にかかる。深夜までかかってようやく家庭内ネットワークとインターネットの接続まで終えた次第。

年忘れの会

一昨日の夜は、関西では貴重な存在になった経済詩イグザミナのフォーラムに出席。今年講演会をしたご縁で呼んでいただいた。場所はいつものロイヤルホテルのダイヤモンドホールで「年忘れの会」。

代表の眞島弘氏による挨拶のあと、関西電力の会長か顧問だろうかという人の音頭で乾杯。大阪ガスや企業の社長など財界人で年配の方も多くて、居心地はあまりよいとはいえない。でも立食形式だがお酒も料理もおいしくて少し飲みすぎたか、中締めの後、椅子の席で関西では有名なフリーのアナウンサーのお二人(ペア)と同席し、映画の話で盛り上がったものの、最近あまり見ていないわたしは古い話ばかりしかできなくて残念だった。でも売れっ子のお二人だけあってさすがに話題も豊富、機転がきいておもしろく、おかげで久しぶりに楽しい夕べをすごすことができた。

冬のはじまり

今日もスタッフは昨日に続いて風邪で休み。
終日静かに基本計画のエスキース三昧で過ごす。WEBニュースは姉歯建築士らの国会での証人喚問の記事でかしましい。まあ、ある意味では見事と言いたいくらいに言うことが食い違うものだとちょっと複雑な気分を味わった。

御座の別荘は見積図面を昨日発送したが、夕方、届かないと一社から電話。ゆうパックの問い合わせ電話にかけると、今年一番の冷え込みで雪模様もあって遅れているらしい。今年もいよいよ本格的な冬がやって来たのだと少し気分も引き締まる思いがした。

姉歯建築士-5

政治というと金がつきもののように言われるが、そういう悪い意味はともかく、実際、お金の裏づけがあって初めて物事は動いていく。家計があって、そのやりくりに頭を痛めるのはどこの家庭でも同じだろう。食費に始まって住居や服食費、光熱費、レジャーや、嗜好品・・・どこにどのくらいお金を使うかというのは、日々の小さな決断の積み重ねだ。進学や就職、結婚から葬式に至るまで人生のあらゆる細部にまでお金のことはつきまとう。

建築の世界ももちろんだ。前に書いた「善い」方向を見つけるというのも、実はお金の話の整理が苦労の半分以上かもしれない。確かにお金というものはいわば「善」を物質化したものと言ってもよいと思う。これの裏づけを得て、物事はいっそう具体的になり、明確な姿を現すようになる。いわば「経済」の光が、雑多に交じり合った物事の全体的な秩序を一気に照らし出すというような具合で、古代の哲学的な「善」の意味とはもしかするとこういうことだったのかと目からうろこが落ちるような思いがしたことは何度もある。

ただし「善」と「お金」はある意味並行的な価値であっても、精神的と物質的というような違いは歴然としてあるだろう。今なら全ては経済だというような風潮もあって精神的な価値など風に吹かれて飛んでしまいそうだが、人の命にまで値段をつけるとき(今は裁判でも珍しくないが)、かろうじてその価値の虚ろな正体が見えてくるように思う。でも少しこういう議論に深入りしすぎたようだ。次回は軌道修正して本題へ戻ろう。・・・続く

耐震診断

朝から、武庫川女子大で設計演習に出向く。午前中で終わってから事務所に急いで戻りメールの確認と荷物の整理。30分ほどいて、ほぼ終わりかけの自宅の現場もちょっとのぞいてから羽曳野の医院へ。手直しなどでだらだらと来ていたが、今日ようやく最終検査にこぎつけたのだ。1、2のことは残ったが、2階の賃貸住宅もすぐに埋まったそうで、なごやかな雰囲気のうちに終える。ただやはり姉歯氏の一件が話しに出るのはしかたがないか。

明日はキンキ構造設計の馬場さんと大津まで行く。古い二階建ての鉄骨造の改修工事をするにあたっての、一応の耐震診断をお願いしたのだ。ただ持ち主が何回も変わっており、確認申請書の副本はすでになくなってしまっていて、つまりは構造設計の計算書もない。だから完全な耐震診断は無理だが、現状では構造が露出した状態なので、部材を確認して再計算をしてもらうことにした。構造基準も変わっているので多分補強の必要はあるだろう

姉歯建築士-4

では建築家の倫理とはということになるがその前に、正義という言葉が出たのでそれについて少し。

「真・善・美」という言葉がある。西洋の古典的な価値の三点セットと言ってよいだろう。ここに「正義」という言葉がないのが昔から不思議で、「真」の一種なのかと考えたりしたこともあるがやはり違うようで、人生の後半を使ってこれから考えてみたい事柄の一つだ。

ただ、正義が危ないのは身にしみて知っている。ヒットラーやスターリン、毛沢東の例を引くまでもなく歴史の落とし穴には必ずと言ってよいほどその猛毒がひそんでいる。「ほどほどの正義」などと言ったら正義感にあふれている人には叱られるだろうか。

さて本題の建築家の倫理だが、さきほどの三点セットを引けば「善」ということになるのだろうが、これは簡単に言ってしまえば、単に物事をよい方向に導いていくという意味にすぎない。ただ仕事の規模や範囲も含めてよく考えるとそれこそなかなか難しいことで、真も美も正義も一応含めなければならないし、いわゆる施主(建築家を雇う人)の立場から考えるだけでは済まず、各工事業者のことや近隣住民、さらには国土や環境のことまで関連することになる。もちろん自分のポリシーという個性もあるわけだ。

これら全体を考えて「善い」方向を見つけていかなければならないのだから複雑怪奇、価値の錯乱もしかるべしというところだろう。これはもはやほとんど「政治」の世界と言ってもよいと思う。

政治というといわゆる「政治家」の悪弊やスキャンダルであまり印象がよくないが、本来的には良識以上に高度の知恵や人生経験が要求される、人間にとっては最も高い位置にある職業(職業だとすればだが)だというのは間違いないだろうと思う。職業だとすればと書いたのは、人間であるかぎり一応は誰もが政治家でなくてはならないからだ。・・・続く

赤垣会

もう20年以上も続いている会だが今年は11人が集まり、みなよく飲んで楽しい会になった。すきやきもお肉がおいしくて量もふんだん。大好評であった。騒いで飲んでたらふく食べて、風邪も一気にましになったようだ。

奈良市光明院町のならっぷねっとわーくぎゃらりーで夕方三々五々集まり、向かいの「蔵」さんへ。遠方組は一旦京都で集まり、二手に分かれてそれぞれ新薬師寺、国会図書館などを見てきたそうだ。別に浄瑠璃寺まで行ってきた先輩もいた。

少し遅れて、古民家のNPOを立ち上げて活躍中の今井俊介氏(日本民家トラスト協会 副理事長)も出張中の名古屋から回ってこられて参加されたが、聞いていなかったので本当に驚いた。私をレーモンド事務所へ紹介してくれた人だ。大学でも先輩だが、懐かしい、20年以上もお会いしていなかったのだ。雑誌「メモ」に全身写真で1ページを使って大きく紹介されている今月号を持ってこられて見せてもらった。

住宅作家として有名になった荒木君も前に同じような全身写真付で紹介されていたことがあるが、二人ともそのうちTVでもお目にかかるようなことになるのかもしれない。

風邪

姉歯氏の続きを書こうと思いながら、とうとう風邪をひいてしまったようだ。構造家のことを書いたので次はいよいよ建築家の倫理についても書ければと思っているが、仕事は御座の別荘の設計が大詰めで忙しく、家族やスタッフは全員すでにかかっていても、緊張感のある私は大丈夫と思っていたら何のことはない、今日は鼻水が出る始末。

明日は、はるばる東京などからレーモンド事務所時代の友人たちが来て年末恒例の「赤垣会」。ずっと京都は川端二条にある「赤垣屋」さんという老舗のおでん屋でやっていたのでその名になったが、今年は奈良のこれも老舗のおでん屋「蔵」さん。何年か前に自作の「飛鳥園」を見に来てくれたときにやったのと同じところだ。

そのときも私が手配したのだが、何と偶然その向かいで仕事をすることになって、それがこの夏に完成したばかり(ねっとわーくぎゃらりーならっぷ)。これも縁というべきなのか、とても不思議な気持ちがする。

ただ二階の座敷なので鍋となり、何がよいかと聞いたらすきやきが圧倒的人気でそれで注文したが、「ヘルシー」ばやりの昨今、男どもは肉に餓えているのかしらと思ったりした。