松田靖弘のブログ

仕事とする建築のことや大学で教えている緑のことなどをはじめ、自分の日常の些細なことまで含めて気が向くままに書いていきます。

京大建築会90周年式典

この連休は、久しぶりに母校の京都大学へ行ってきた。建築学教室の90周年の式典があったのだ。正式名称は「京都大学工学部建築学教室創立90周年記念京大建築会式典」と長いもので、めでたいことでもあるが500人ほども来られていただろうか、とにかくかなりの盛況だった。

場所は時計台の百周年記念館で、総会やシンポジウムのあと、2階の大ホールで懇親会があって、華やかな鏡割りからパーティが始まった。まだまだご健在の恩師の先生方もたくさん来ておられ、普段はめったに会えない、あるいは卒業以来かというなつかしい同窓生や先輩諸氏にもたくさん出会えて、予想以上に楽しい時間をすごすことができた。まあ、一気に記憶がタイムスリップするような経験は、そうそうできるものではない。また直接の恩師である田中喬先生や前田忠直先生にも久しぶりにご挨拶できたことは、自分にとっては何よりだった。

同期の者たちも、私などとは違いみなそうそうたる肩書きになっていて、中でも出世頭の一人である国交省のI君は、おそらくは次の事務次官だそうで、シンポジウムでは壇上の真ん中にめでたく鎮座していた。私は大学のキャンパス自体に入るのも久しぶりだったが、やはり何ともなつかしく、目に焼きつけるようにゆっくりと眺めながら歩いてきた。こういう式典は5年ごとにあるが、10年後はいよいよ大きな節目の100周年になる。さてその時にはどんな未来になっているのだろうか。

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飛鳥園の写真展

小川晴暘と奈良 飛鳥園のあゆみ」という写真展に行ってきた。「-小川光三・金井杜道・若松保広-」というサブタイトルがついている。内容は主に、ここに名前の上がった四人の方々の写真作品の展示会だが、小川晴暘(せいよう)氏というのは、朝日新聞社におられたのが、書家で歌人の会津八一(やいち)氏のすすめもあって大正11年(1922)、今も仏像写真などで有名な飛鳥園を設立された方で、今年で没後50年を迎えられるのを記念して企画された展覧会。

場所は奈良県明日香村の万葉文化館で、展覧会は正式には今日からだが、昨日あった内覧会に招待されて行ってきた。奈良公園の国立博物館の北向かいにある、飛鳥園の事務所とギャラリーの建替えの設計をさせていただいたご縁から。午後の二時間ほどだったが、途中からは、飛鳥園在籍あるいはそのご出身で現在もご活躍中の、サブタイトルにある三人の方々による解説などもあって、ゆっくりと見せていただいた。

やはり先代の小川晴暘氏の作品が量も多い。白黒写真だが、切手にもなっている中宮寺の弥勒菩薩の写真をはじめ、有名なものが何枚もある。中でもこれは写真ではないが、巾何メートルにもわたる雲崗(うんこう)石窟寺院の記録画の展示があって、規模もあるがなかなかの圧巻(あっかん)だった。他に南瓜(なんきん)の画集もあって、これは筆致がすばらしかった。

当時使われていたカメラとガラス乾板も展示してあったが、ガラス乾板の大きさは「四つ切」サイズで、20センチx30センチくらいもあった。そんな原版から今回新たに焼かれた写真作品は、もちろん白黒写真でかなり大きなサイズだが、見ていて鳥肌が立つほどの精度、解像度。これには本当にびっくりした。当代の飛鳥園の社主で仏像写真の大家でもある小川光三氏もあとで、今の写真よりも精度が高いんですと解説で話されていた。

私はとくに、法隆寺の百済(くだら)観音像の写真の前で、しばらく釘付けになった。実物は昔、一度か二度拝観したきりで、今は厳重なガラスケースができて、その中に大事にしまわれているというのは聞いていた。だからもうお目にかかることもないだろうかと思っていたが今回、若かった頃、和辻哲郎氏の「古寺巡礼」を読んで初めて見に行ったときの感動を、久しぶりにまっすぐ思い出した。

明治の廃仏毀釈という荒波をくぐりぬけて、おそらくは生まれて初めて浴びた閃光のような眼差しに必死で耐えながら、それでも強く、あるがままの姿を自ら現わしておられる(ようにみえる)。だからこそというべきか、そこに一種の「恥じらい」のような感情がわずかに流れているように思えたのは、やはり根本に「祈り」の形象化ということがあるからなのだろうか。そんなことを雑然と考えながらしばらく前で佇んでいた。

同時に、本当の写真というものは「見る」ことにつきる、つまりこういう「眼」で「見る」ことはもう誰にも二度とできないのかもしれないということに考えがいたって、自分でもびっくりした。そしてだからこそ、それをこうして残していける写真と言う媒体は、やはりすばらしいものだとあらためて思った次第。

関西フィル ガラ・コンサート

昨夜は関西フィルの演奏会に行ってきた。コンサートに行くのは久しぶりで、また私はおそらく関西フィルの演奏を聴くのは初めて。場所はシンフォニーホールで、二階席だったが中央のS席で、音もかなりよかった。

第223回定期演奏会というタイトルとともに、パンフレットには「創立40周年記念ガラ・コンサート」というサブタイトルがついている。指揮とヴァイオリンが、オ-ギュスタン・デュメイで、主席客演指揮者という肩書き。最初にあったポピュラーなモーツァルトのヴァイオリン協奏曲5番「トルコ風」では、自らヴァイオリンのソロを勤め、合間に指揮をとっていた。なかなか元気な演奏という印象(年配のマエストロにちょっと失礼か)。ただ最後の方になってかけていたメガネを落とされ、第二ヴァイオリンの首席奏者の足元あたりに飛んだ。演奏は無事終わったが、踏みつけられないかちょっと心配した。

この日の最後はベートーヴェンの交響曲8番だった。実は久しぶりに生でベートーヴェンを聴くので、奇数番号のだったらよかったのにと思ったりしていた。ところが昨夜の演奏は、「若い」というとすでに年配の指揮者に失礼だが、かなりテンポも速く、力強く勢いがあって、まるで奇数番号の曲の演奏みたいだった。少し違和感もあったが、昨夜の自分にとっては、そうそう、こういうのが聴きたかったという感じで、なかなかおもしろかった。

さて上記の間に入った二つ目が、振り返ってみると昨夜のおそらくメインディッシュ。ジョゼ・ヴァン・ダムというバリトン(バス)歌手によるオペラ・アリア6曲。私は知らなかったが、経歴を読むとなかなかすごい人で、オペラ歌手からはもう引退するというマエストロ。これは本当にすばらしかった。

とくに私にとっては、最初の3曲が大好きなモーツァルトで、これがもう何とも言えないくらいによかった。初めがドン・ジョバンニの「カタログの歌」。本当に久しぶりに聞いたが、聴いていて天国に上るような気持ちになった。そして二曲目は、フィガロのあの有名な蝶々の歌。誰でも歌うので聞き飽きたというくらいの曲だが、久しぶりに聞いて途中から不覚にも目がうるんでしまったのには自分でも驚いた。とにかく歌手のバリトンの声に心底感服していた。人間の声も楽器の一つと言われるが、それがこんなに精妙ではるかな力を持っているとは、今回初めて知ったことだ。今までほとんど実際のオペラの舞台を見たことはないが、モーツァルトのオペラの舞台をいつかこの眼で見てみたいとあらためて思った次第。