松田靖弘のブログ

仕事とする建築のことや大学で教えている緑のことなどをはじめ、自分の日常の些細なことまで含めて気が向くままに書いていきます。

日暮里富士見坂を守る会-2

年明けから激しい忙しさが続き、なかなかここに書いている余裕がなかった。

昨日は事務所は休みだったが早朝から近くの熊野神社で、地元のボーイスカウト二団合同の新年祈願祭。まずスカウトのこどもたちと一緒に拝殿で、今年一年の無事を祈る祈祷を受けてから、あとは境内をお借りして、餅つきやおでん、焼きそば、綿菓子、ウインナー焼き、ぜんざいなど盛りだくさんの催しで、私も裏方の合間につまむだけで満腹になった。夜も同じくボーイスカウトで、地区恒例の新年会。役員になったので出ないわけにもいかず、昨日はほぼ終日ボーイスカウト漬けだった。でも今月のボーイスカウトは昨日一日だけの限定と決めたので、今日は完全休養日。

さて前回に書いた記事の翌日に、「日暮里富士見坂を守る会」のI氏という方からていねいなメールをいただいた。長文のものだったがそれによって、今までの会の活動についての概要や、現在の状況について、いろいろと詳しく教えていただいたので、そのことについて少しふれておきたい。

その中で、まずこの坂のビスタが保全されてきた主因として「前面に谷(石神井川谷)をはさみ、谷底となる直近の高容積区域には、狭隘な道路が存在し、小規模敷地に分割されていた」ことが有利に働いた旨を説明されている。そしてそのあと「10年前の調査では、富士山までの全地域の中で6人の地権者さんにご理解をいただければ、眺望が保全されることが分かっており、・・・」とあったのには、本当に驚いた。都心をはさんで富士山は反対側にあるわけで、よくこんなところの眺望が今まで残ってきたものだというのが私の最初の率直な感想だったが、そこからていねいに調査もされた上で、緻密に、しかも冷静に地道な活動を今まで続けてこられたようだ。

住友不動産による「(新宿区大久保の超高層ビルだけは全く想定外でしたが)」とはあるが、そういう状況であれば、この富士見坂の眺望を子孫に残したいと思い立たれた気持ちもよく分かるし、他の人にだってそういう思いを持っていただけるのではないだろうか。

でも地元の文京区、東京都、そして国という行政機関、そして政治家たちからは、そういう気持ちに強く同情する人材が「それほど」出てこなかったのは本当に残念だ。「それほど」と書いたのは、このビスタの保全に対して、国交省や環境省がある程度の認知はしたもののそれまでで、七年前の東京都景観条例の改正時には、最後まで検討項目として残ったにせよ、結局採用はされずという経緯を読んだからだ。

生和コーポレーションによる文京区のマンションはすでに着工しているようだが、現状では完全にビスタを隠してしまう計画なので、このままできてしまうのは、確かにいかにも残念だ。スタッフたちにもこのことを話していて、できてしまうのならば、そこの最上階に「富士見坂の眺望を担保する部屋」とでも名づけて、無料で誰でも入れるような展望室でも作れないかとか思ったりした。

でも、単なる思いつきからくる安易さや、今からの現実的な難しさはともかくとして、そういうことがもし実現できたとしても、それだけでは大した意味がないことにもすぐに気がついた。かえって他の同じような事例で言い訳に使われるだけだろうし、さらにその向こうにまた別の建物が、それこそ乱雑に建っていくことをもはや止めることはできないだろう。

やはり問題は、景観法で除外されたという「眺望権」かもしれない。これについては素人でまったくよく分からないが、ある程度の私権制限を伴うことはおそらく確実で、基本的な前提として個人個人の意識の高まりを必要とする。日本人としての近代的な意識の成熟度が問われているということかもしれない。自然物と人工物の区別、あるいは欧米での歴史的な事例など、頭にはいろんなことがよぎったが、ここで書けるような限界をはるかに超える。

まあこういう意識が高まってくれば、それを土台にしてさらにまた別の展望も開けてくるのだが・・・。考えたのは、50年、長くとも100年後には今度の建物も壊すときが来るわけで、その時にはまたこのビスタが復活するということだ。このくらいの時間なら上記のような方策も多少意味を持つかもしれない。ただしもちろん、上記のような意識の確立によってその他の状況がそれまできちんと保全されているという前提条件がつくわけだが・・・。

最後はほとんど初夢のような話しになってしまったかもしれない。これから少しでも状況の好転があらんことをわたしも陰ながら祈っております。

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日暮里富士見坂を守る会

昨日の続き。

「日暮里富士見坂を守る会」というのは、私も感動したあの富士見坂から見えている富士山を隠すことになる賃貸マンションと高層ビルの計画が現在あって、それに反対運動をしている会のようだ。設立は10年以上前なので、本当の守備範囲はもっと広いと思うが、それについてはあまりよく分からなかった。

かなり迷ったあげく考えた上で出した結論は、残念だがこの賛同のはがきを出すのは辞めておこうということだった。会の趣旨やそれに参加されている人々の気持ちは、それはそれとしてよく分かり、貴重な眺望を残したいという趣旨にはもちろん賛成だ。ただ自分自身、現在9階建ての共同住宅の設計をやっている立場からして、単純に心情的な賛同のみを安易に表明するというわけにはいかないと考えたからだ。

「日暮里富士見坂を守る会」が考えておられる趣意には、賛同こそすれ誰も反論するものはいないのは確かだろう。ただしそこには少数の利害関係者以外という前提がつく。

知らないでその土地を買って、それが「商売」のためで、法的な枠組みもないまま、当然建てて売れるべきマンションの大きさを縮めないといけないとすれば、正当な補償あるいはそれに見合うだけの損害(評判の悪化など)がないかぎり、とくに事業主体が、もし組織としてのディベロッパーなら(今回は両方そのようだが)、止めるべき目途は、なかなかないのではないかと思う。

これが組織の恐ろしさで、考える範囲が個人を超えて拡散してしまう。個人的利欲ならともかく、株主訴訟を恐がる社長や役員を非難することは、個人としての人間としては正当かもしれないが、事前にそれをしばるような法律などがないかぎり、命令はもちろん、罰することなどできない。もとより株式会社は営利の追求を主要な目的とする機関なのだ(そして営利の追及それ自体は当り前で、何ら悪いことではない)。

これは、知らないが、もし区が計画時に拘束力のない警告を出していたとしても同じようなことになると思う。この場合は「悪質」とは言えるかもしれないが、それだけに相手には、かえって確信犯の強さがあるということになるわけだろう。

必要とされるのは戦略、あるいは政治的な知恵や方策だと思う。上記のような利害の対立という場面で向き合ったときに、心情的な正論の訴えかけだけでは、ほとんど意味を持たない。事業主が個人か、かなりの力を持った社長で、しかも広範に物事を見渡せるような人物であれば、わたしだって確かに聞く耳を持っていただけると今でもそう思うが、それを一般化することなどはできない。

かなり厳しいことを書いてしまった。
でも会の趣旨には心情的に大いに同情するのは確かで、賛同者が増え運動としての盛り上がりに期待します。世論が動けば状況が動く可能性はあると思う。そしてこういう意思表明の活動や努力に対して、結果はどうあろうとも、また今回自分は立場上、単純な賛同表明はできないが、応援する気持ちは持っているつもりだ。だからブログを読んでわざわざ書状をいただいたことに対して、単に無視することになるのは申し訳なく、稚拙で走り書きでしかないですが、自分の考えを何とか少しだけでもまとめて書いたつもりです。もとよりこれだけでは会の長年の貴重な活動に対してあまりに簡単で本当に恐縮ですが、はがきでのご返事に代えて。

バッハとプラトン

今日は休みだが、やはり仕事半分で昼過ぎに事務所に出てきた。事務所ビルは今日から開いたばかりなので、とりあえず自分の事務所に届いた年賀状を読みながら、大晦日に書いたクリスマス・オラトリオの後半をかけた。

冒頭の第四部は「新年(キリストの割礼と命名記念日用)」と書いてある、同じく次の第五部は「新年後の日曜日用」とあるが、「ただし1月2日~5日の日曜日に限る」と厳しい但し書きがついている。今年の今日5日はまだ土曜日なので、演奏されない(できない)年に当ることになる。まあ私は信者でもないので、まあいいかと読み流すことにした。そして最後の第六部は「顕現節(1月6日)用」とあるから明日のことだが、これも同じ。

一通り聞いて、なかなかすばらしく、少し気分も高揚して、年末から読みかけているプラトンの「テアイテトス」を開いた。この全集版はプラトンとともに長年のファンである田中美知太郎氏の訳で、文庫版まで含めるとこれを読むのは若いときから数えてもう三回目以上にはなる(4回目か5回目か)。さすがに自分にとってはあまりの高峰で、今回はまだ出てこないがクライマックスの一つである有名な「想起説」より他は、前に読んでから15年くらいにはなると思うし、あまりよく覚えていない。今日で半分くらいのところまで来たが、議論が佳境(かきょう)になると、やはり表面をたどっているだけという感じがぬけない。でも訳者の熱もあるのか、ソクラテスの舌鋒はいつにもまして火を吹くように感じて、なかなか面白く読んだ。

一時間ほど読書のあと3時間ほど仕事して、またクリスマス・オラトリオをかけて聴きながらこれを書いている。

さて事務所に来てすぐ、玄関のポストに行ってたくさんの年賀状を掻き出したとき、見知らぬ封書が入っていた。裏を見ると「日暮里富士見坂を守る会」とある。開けるとカラー刷りのパンフレットと会の趣意書とともに、賛同の署名やコメントを書き入れるように印刷された官製はがきが入っていた。すぐに、このブログを読んで送っていただいたことが分かり、そのことはうれしかったが、その後うーんとうなってしばらく考え込んでしまった。でもそのことについては書くと長くなりそうだし、また後日にしよう。

2013初春

山中湖からの富士山

新年明けましておめでとうございます

いよいよ年が明けた。仕事が始まるとまたしばらくは猛烈に忙しいので、とりあえず書き込んでおこう。

冒頭の写真に昨年の富士登山のときに撮った写真を再掲しておきます。これは登山後に山中湖の民宿で一晩ゆっくりと過ごして、翌日宿を出てから湖畔で撮ったもの。前日と打って変わってみごとな快晴で、富士山もその日はあちこちで優美な姿を見せてくれた。やりとげたというか、ほっとした気分も強く、そういう雰囲気まで写真にあるような気がするのは勝手な思い込みかもしれないが。とにかく正月にはこれこそふさわしいと思ってあらためて載せておくことにした次第。

でも今年は完全な寝正月だった。まあ必要なことはしなければならないが、あまり無理して身体をこわしても何にもならない。自分の足元を確かめながら、落ち着いて進んで行こうと思う。
まだまだ寒い日が続きます。皆様もどうかご自愛を