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松田靖弘のブログ

仕事とする建築のことや大学で教えている緑のことなどをはじめ、自分の日常の些細なことまで含めて気が向くままに書いていきます。

東大寺 正倉院

昨日は東大寺の正倉院へ行ってきた。二年ほど前から屋根の改修工事をやっていて、すでに何回か公開の機会が設けられてきたが、今回はほぼ工事が完了した最後の特別公開。今までにも申し込んだことがあったが、はずれで、今回ようやく当てることができたのだった。だから仕事が忙しいのをおして行くことにした次第。まあおかげでトンボ返りだったが。
大仏殿2014

昨日が公開初日で、朝一番の午前9時からの組だったので、早朝に起きて集合場所の近鉄奈良駅へ。6名一組だったが仕事の都合で1人が欠けて5名になった。1人が車で来てくれたので、それに乗り込んで東大寺の転害門(てがいもん)近くの駐車場に。そこから少し大回りになるが、せっかくだから正倉院と同じ天平時代の転害門まで歩いてから東大寺境内に入った。
転害門2014

受付で身元確認の手続を終えてから工事現場へ。今回の屋根修理の工事はほぼ完了したそうだが、まだ覆い屋に包まれたまま。初日の早朝だからか見学者がそれほど多くないのは有り難かったが、受付から工事現場までの道には左側通行の立て札。下の通路真ん中の赤いコーンもそれの仕切りだろう。ここまでの道路の真ん中には線引きされていて、週末の混雑が思いやられた次第。
正倉院覆屋

小一時間を見学に過ごしたが、若いスタッフはともかく、中堅の二人は早々に出て待っていた。「倉庫やもん!」という言葉に、それはそうやけどと、うなってしまった。自分は昨年まで護摩堂を手がけていたので、それなりにいろいろと興味深いところもあったが、そういう経験などなければ、確かに校倉造り以外にそれほど面白いところもないのかもしれない。

正倉院-1

中は自由に見学できるが説明はまったくなく、あちこちに係りの人たちが立っている(見張っている)だけ。途中でその1人に宝物は戻っているのかと聞いてみると、唐櫃は戻すが、宝物自身は、今は隣に立つ鉄筋コンクリートの建物に納められていて、ここに入れることはないとのこと。それを聞いたときは、かなり残念な思いがしたが、まあ1300年ほども必死に宝物を守ってきてくれたのは確かなわけで、現代になって引退して、ようやく穏やかな余生に入ったのだと考えてみると心も落ち着き、このまま末永く寿命を保ってほしいと素直に祈るような気持ちになった。先週、母を亡くしたばかりなので、ちょっとセンチメンタルになったのかもしれない。
正倉院-2

正倉院をあとにしてF君の提案で大鐘を見に行った。ここは二月、三月堂があるあたりと大仏殿との中間にあり、私は今までそれほど注目して見たことはなかった。でも創建当初のものという巨大な鐘ばかりか、鎌倉時代に建てなおされた鐘楼も国宝で、しかもそれは臨済宗を興した栄西が主導して作ったものだと聞かされてびっくりした。栄西は鎌倉初期に東大寺を再建した重源の後継者として勧進に指名されたそうだが、私には禅宗のイメージしかなかった。五回も中国に渡ったという怪物の重源だから、向こうで栄西と親しくなったと聞いても確かに不思議はない。「もの」としてはこの鐘がこの日の見学で一番深く印象に残ったかもしれない。正倉院は、やはり外観がディテール以外ほとんど見られなかったのが、残念だった。
東大寺鐘楼
東大寺大鐘

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