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松田靖弘のブログ

仕事とする建築のことや大学で教えている緑のことなどをはじめ、自分の日常の些細なことまで含めて気が向くままに書いていきます。

葛城山頂

昨日の続き。
その後はそれまでと比べるときつい所も少なくずっと楽になったが、やはり疲れがたまっているのかスカウトのペースも遅く、先に出た最後尾の班にしばらくして追いついた。男子の新入スカウトが大きな荷物を背負ってかなりふらふらな状態。それでもあたりの景色は笹原が多くなってきて冬の積雪を連想させ、いよいよ頂上が近い雰囲気になってきた。

さらにもうしばらく行って急な谷道に入ると、二番目に出た班が集団で休んでいる。先頭に続いてかなり前に出ていたのでびっくりしたが、やはり新入スカウトの男の子が気分が悪くなって、もう30分くらいここにいるとのこと。軽い熱中症のようだったので、私のお茶を全部飲ませて休んでいると、上から11団の団委員長のT氏がペットボトルのお茶を持って下りてきてくれた。まあ頂上が近いことも確認できてホッとした次第。

到着後の午後は朝とはうって変わった天候で、午前中の雨にまみれて苦しかった登山がうそのように、気持ちの良いそよ風が吹くおだやかな晴天になった。標高950メートルくらいだから気温も下よりはずっと低く、頂上下にあるロッジで温泉につかり、のんびりとした雰囲気ですばらしい午後をすごすことができた。

温泉の帰りに頂上まで行ってみたが、本当にすばらしい景色。大阪側は関空や大阪湾、大阪市内の高層ビル群からはるかに六甲山まで見えるし、奈良県側は、正面の明日香から左手の北に広がる奈良盆地が一望。

関西の山ではここの眺望が一番すばらしいのではないだろうか。

2014夏キャンプ-3

写真は翌朝少し下の展望台から撮ったものだが、向こうの平野に見えている小山の、中央手前が畝傍山で、さらに左奥の小さいのが耳成山。大和三山の残りの天の香具山は、小さすぎてよく分からなかった。車で登れないので荷物を絞り、アイパッドを持っていけなかったので残念ながらこれはガラ携のカメラ。だから分かりにくいかもしれないが。

スカウトたちは夜のプログラムで隊長と頂上に行き、街の夜景と星空を満喫したようだ。彼らがサイトに帰ってきた後、トイレに行った帰りにドンドンと音がするのでサイト近くから奈良平野を覗いてみると、はるか遠くで花火をやっていた。場所を見るとどうやら明日香の石舞台のあたりだった。ミニチュアのような花火が次々に上がってはるか遠くの眼下に花開くのを、終わるまでしばらくぼんやりと眺めていた。

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2014夏キャンプ

2014夏キャンプ-1

ボーイスカウト恒例の夏キャンプへ行って来た。キャンプへの参加は、去年の夏キャンプ以来だから、ちょうど一年ぶりになる。昨年度から隊集会は3団合同の催しになっていて、他団のスカウトにはそれほどなじみがないものの、昨秋の上進時に去ったスカウトが少なく、3つある班も、編成や班長もほぼ変わらずだから、まあ同じような雰囲気で、新入スカウトや各人の成長はあるものの、私にとってはまったく連続性があって素直に入りこめた。もう一年もたったかという感じで、昨年度の夏キャンプやその前の加太の準備キャンプなどついこの前のことのように思えて、これは年のせいもあるかもしれない。

今年の場所は、昨年時に隊長がアナウンスしていた通り、奈良県の葛城山。ふもとの橿原の団の野営場をお借りしてベースキャンプとし、二日目早朝からの一泊行程の登山がメインイベント。この日はベースキャンプを出る前あたりからしっかりと雨が降り出し、やみそうもないのでレインコートを着込んだが、昼過ぎには全員、無事、頂上すぐ下のキャンプ場に到着した。

私は登山路途中のポイントの担当になったので、大学生のローバースカウトR君と二人で先発。距離としてはまだ三分の一くらいの地点だが、そこまでは階段続きの急な登坂ばかりで、私にとってはかなりタフな行程だった。振り返ってみても体力的には半分以上の行程を過ぎた地点だったと思う。

2014夏キャンプ-2

何とか携帯電話は通じるので、ポイント到着後しばらくしてロープウエイ乗り場の出発ポイントから、五分きざみくらいで全ての班が次々に出発したという連絡を受け、小一時間待ったか。自分たちの感じから一時間以上かかるだろうと二人で話していたが、予想外に早く、まず途中で後の班が追いついて二班同時に到着。早かったのと、着いてからも荷物を下ろしてはしゃいでいる元気さには驚き、R君と思わず顔を見合わせたくらいだった。

頂上には車では入れないので、スカウトたちはテントを含め自分たちの荷物のほとんどをかついて登ってきている。ただやはり新入スカウトはまだ小学生で体も小さく、かなりきつかったようで、ほっとしたのか座り込んで泣きだした女の子もいた。電話で隊長と相談して、荷物の再振り分けを班長に提案した。そんなこともあって、荷物をおいてすぐ近くの「二の滝」へ降りて水を汲んでくるプログラムなどをしている間に回復したのか、最後の班が着くのと同時に元気よくあらためて登っていった。

最後の班が出たことを連絡してから私たちも後を追ったが、結局落語者はいなかった。泣いていた女の子には、引き返すことも提案したが、泣いてしゃくりあげながらも、思いっきり顔を振って強く拒否された。体力が限界で引き返すスカウトが出た場合には、私が連れて降りることになっていたのだが。

長くなった。続きはまた明日にしよう。

今日の結果

昨夜は早く寝たが、夜中に寒くて目が覚めた。時計は見ていないが午前2時頃だったろうか。雨音はしっかり聞こえていて、窓を閉めタオルケットをかけてまた寝たが、朝、アイパッドで見ると最低気温は22度だったから、裸に近いかっこうでは寒くても当然だった。

さて、残念ながら朝五時過ぎでもしっかり降っていて、一応起き出してアイパッドで天候の推移を見てみてもずっと大雨の予報。昨日の予報ではそのころには一旦やんでいるはずだった。約束通り6時前には、まこと建設の現場監督E氏から電話がきた。言葉数も少なく沈んだ声で中止しますとのこと。まあ状況からすれば当然の決断なので、こちらもあまり言うこともなく、盆明けの奮闘をお願いして電話を切った次第。

台風とコンクリート打設

明日は、今やっている共同住宅のコンクリート打ち。もう夜だが、台風11号が迫っていて予断を許さないような状況。大雨ならもちろん中止になる。1ミリ程度の弱雨なら決行してよいと思うが、朝六時には結論が出なくてはならない。工期が非常にタイトな現場だが、明日中止となると、もう盆前にはプラントからコンクリートがとれない状態で、盆をはさみ10日ほどの遅れが発生する恐れが強いので本当に悩ましいところだ。

東京時代以降は、今までこういうタイトなスケジュールの現場はなかったので、昨日の現場定例会議以降、構造事務所をはじめいろいろなところへ電話したり資料を読んだりして、こちらも情報収集に大わらわだった。四国はずっと大雨が続いているが、不思議なことに大阪にはあまり雨雲が来ていない。昨日など天気予報はくもりでも、かんかん照りの夏日だった。今のところ明日も弱雨の予報にはなっているのだが。

ただここまで来たら、文字通り運を天に任せるしかない。私も明日は5時起床のつもり。早めに帰ろうと思う。

リヒテルとひろ作

久しぶりに音楽の話を。

今聴いているのは、ヘンデルの協奏交響曲。カラヤン-ベルリンフィルのもので、昔から好きな曲と演奏だ。かけたのはCDで3枚組の二枚目。このところあまり音楽を聴いている時間はないが、ここしばらくはこれを出して時々かけている。やっぱりいいなと思ってここに少し書く気になった。

CDで聴くとなると最近はなんとなく、大好きなモーツァルトも含めベートーベンなどロマン派以降の曲はあまりかけなくなったように思う。これらは生で聴くなら今でももちろん大歓迎なのだが。で今も、CDで限定するとしたらバッハとヘンデルの二人だけでもいいかもしれないな、などとぼんやり考えていた。

閑話休題
音楽のことを書こうと思ったのは、もう一つ理由があって、先週の日曜日京都へ出かけた。目的はエジプト考古学者の吉村作治氏の講演会が京都駅近くであって聞きに行ったのだ。テレビでも有名な人だし、さすがに話はおもしろく、業績には目をみはるようなものがあったが、多少残念だったのは学者という感じがあまりしなかったことだ。最後の「狛犬はスフィンクスです!」というオチには、口があんぐりあいたままになった。

さてそれから四条まで足を延ばし、いつもの先斗町のひろ作へ。滋賀の石山にいる息子も合流した。飲んでいてふと目をやるとカウンターの中の棚に小さな額があり、アルファベットの文字で書いたサインが入っている。珍しいなと思って聞くとなんとピアニストのスヴャトスラフ・ リヒテル氏のものだというのでびっくりした。手元で見せてもらい、サインの日付は忘れたが最後の来日公演のときと言うので、今調べると1988年のことだ。73歳で、10月23日に京都公演があったので、そのときのことだろう。

京都の花街もバブル崩壊後大きく様変わりして、先斗町のひろ作も昔からは客層が大きく変わったが、以前は有名人もかなり来た店だ。華やかだったころはそれほど知らない私も雑誌やテレビで見る画家や作家たちなどと同席した覚えがある。でもこの店はサインはもらわないことにしていて、今まで誰からももらったことはないが、この時だけは行きがかり上書いてもらうことにしたとのことだった。まあ花街の矜持ということもあるのだろう。今までどこにあったんやと聞くと、いつもある「ピンちゃん」の肖像画の下に隠してあったとのこと。聞いてからちょっとため息が出た。

ついでにひろ作のこぼれ話をもう一つ。二年ほど前になんと指揮者の小澤征爾氏が来たとのこと。二人連れで、もう一人は作家の村上春樹氏。まあ小澤氏はテレビでも顔が売れているし分かったのだろうが、村上氏となると顔はファンの私でもあまり知らない。会っても分からないだろう。小澤さんが飲みながら一生懸命ほのめかして、ようやくせっちゃんにも分かったらしい。「ノルウェイの森」のことを話したとのこと。

まあこのときは「つて」で来たわけではなく、たまたまぶらっと入ってきただけのようだったが、狭いだけに京都は本当に奥が深いと痛感した次第。

追伸
小澤氏のことでは自分も少し思い出がある。東京時代、西荻窪に「グレル」という飲み屋があって、時々行った。小さいながらそこも作家たちが出入りするような店だったが、あるとき年配の女性たちのグループが座席で飲んでいて、私はカウンターでウイスキーをなめていたが、あの人が指揮者の小澤さんの妹(姉?)さんよと教えてもらってそれとなくそっちを見た。どの人かと言うまでもなく、指揮者の小澤さんそっくりの女性がいた。なんとも特徴的な顔立ちで、女性としてまずい顔とは思わなかったが、さすがにここまで特徴がはっきりすると、いろいろ面倒かもしれないなと思ったりしたのを覚えている。