松田靖弘のブログ

仕事とする建築のことや大学で教えている緑のことなどをはじめ、自分の日常の些細なことまで含めて気が向くままに書いていきます。

大晦日 戦後70周年

この夏は、生まれて初めて戦争のことに正面から思いをはせたと思う。

まあ戦後70年といっても、自分自身が戦後10年以上経ってからの生まれだから、戦争の実感などほとんどない。父のアルバムで満州の軍隊の写真を見たことはあるが、映画かテレビの出来事のようで、実感というものはまったく持てなかった。ただ小さいころ、雑踏する鶴橋の市場にいた傷痍軍人たちの古びた軍服姿を、小さな手回しの蓄音機のようなもので流す哀れな音楽の音色もあいまって、どこか異界からやってきたかような怖さと不思議な感じを覚えながら眺めたのを思い出す。自分にとっての戦争の実感は、あのときの情景に凝縮されているように思う。考えてみるとすでに戦後15年ほどたっていたわけで、彼らはその間、あの姿のままずっと過ごしてきていたのだ。

冒頭に書いたことのきっかけは夏前に半藤一利氏の「ノモンハンの夏」を読んだことだった。多分司馬遼太郎氏の著作だったと思うが、この本のことが名著として紹介されていて、もうかなり前に買っていたのをふと手に取った。紹介で読んでいたように、立体的で密度が高く、たまっていたマグマが凝縮したような叙述で、思わず引き込まれて一気に読み通した。

そして今年は今までのようにボーイスカウトの夏キャンプがなくなったので、盆あたりは映画やWEBの番組などを見てすごしたが、多分戦後70周年ということがあったからだろう、テレビで先の大戦に関する映画がよく流れて、そのいくつかをなんとなくビデオに撮って見た。

映画の一つ目は、太平洋のどこかの玉砕した島で、最後まで生き残った軍の残兵と日本の民間人たちの投降までを描いた邦画だったが、それから後は、やはり玉砕した硫黄島のものをいくつも見たり読んだりすることになった。

映画では数年前に話題になり、いつか見たいとは思っていたクリント・イーストウッド監督の硫黄島戦の2部作。日米双方の視点から作った2本の映画だが、まずアメリカ側からの「父親たちの星条旗」、あとで日本側からの「硫黄島からの手紙」。

その前後か間に、NHKアーカイブズで硫黄島からの生還者3人をインタビューした番組をWEBで見、関心が深まってウィキペディアなどでも調べたりしたがその途中で、おじいさんがやはり硫黄島の生き残りで、没後残された手記を自分でHPを作って公開されていたのを読んだりもした。小さい島だし映像や地図もあるから最後は地理まで把握して、地中に掘りぬかれた洞窟の中の光景まで見えてくるような感じにまでなった。

今年はそんなふうな夏だったが、秋になってから村上春樹氏の「ねじまき鳥クロニクル」を読み返していたら、そこにもノモンハンの話が出てきて、まったく自分の記憶に残っていなかったのでびっくりした。まあノモンハン事変自体が舞台ではなかったし、小説そのものとどれほど関係するか簡単に書けないが、先の戦争が背景を構成する一つだったことは間違いない。そのときはこれで何となく自分の長い夏の締めくくりにもなったような思いがした次第。

さて今年も、もうあと数時間になった。今年は家の雑用が多くてあまり時間がなく、締めくくりを分けて書いて正解だったが、音楽のことを書く時間がなくなってしまったがしかたがない。静かに祈る思いとともに今年はこれで終わります。

皆様にとっても来る年がどうかよき年でありますよう

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今年の締めくくりその2 読書

今年の読書では、昨年に引き続き塩野七生氏のイタリアをはじめとする地中海史の本を何冊も読んだ。ローマが滅んでから海賊の横行する混沌の海になってしまった地中海の情景が印象的、というかこのことはほとんど知識になかったので、目からうろこが落ちた。当時の地中海は文字通り、暗黒の中世という言葉にふさわしいような状況だった。

そしてそこから中世に興味が深まり、ヨーロッパ中世史の本を数冊読んだが、その中で阿部勤也氏の著作がとてもすばらしかったのが記憶に残る。ただとりあえずまだ近くの図書館のを全部読んだだけなので、氏の本は次のマイブームの有力候補になっている。

次にはやはり村上春樹氏の本。まずは、ここにも書いたが指揮者の小澤征爾氏をインタビューした「小澤征爾さんと、音楽について話をする」という本がすばらしかった。対談はともかくとして、とくにその後書きのようなスイス湖畔での若手の音楽塾での氏の体験談が、そのまままるで上質の音楽のようにとてもすばらしかったのが強く印象に残っている。

これで対談時にかかっていた音楽のCDまで買うはめになり、その感想を書くつもりだったが、そのあとで前からもう一度読み直したいと思っていた氏の「ねじまき鳥クロニクル」を読んで、簡単に氏の本について書くような気分がなくなりまだそのままになっている。ねじまき鳥では、幼くして声をなくし華麗にポルシェを駆るシナモンのことが忘れがたい。

あと戦後70周年関連を書きたいが、その前に河合隼雄氏の本にあって読んでみた「大草原の小さな家」のことを書こう。テレビで有名なアメリカ開拓時代のインガルス一家のドラマの原作だが、ローラ・インガルス・ワイルダー女史のほぼ自伝で、河合氏の推薦通り非常に面白く、順番どおりではないが結局シリーズ全部を読み通した。アメリカについて少しは深くわかるようになったかもしれないと思う。上で書いた阿部勤也氏が言われるアメリカの中世的な部分についても。そしてそこから逆にヨーロッパ中世の情景に光があたったりして、なかなか面白い経験になった。

大阪市ハウジングデザイン賞

今年もあと数日。恒例の締めくくりを今年は少しずつ書きます。

まず仕事では、今年は後半低調だったが、書いておくべきは事務所隣に建った「住 真田山」という9階建ての集合住宅がようやく五月に完成し、さらに12月になって「大阪市ハウジングデザイン賞」というのをその建物でいただいたことだ。
写真の撮影は福澤昭嘉氏
住 真田山南東

11月の後半に現地での第二次審査があり、大阪市の職員が3名、1週間前に下見に来て打合せし、当日は審査員6名の他に大阪市の幹事という人たちや実務スタッフなど、総勢15名ほどがバスで乗りつけてきた。すでに全ての賃貸住戸は埋まっていて空家はないので、オーナーからお願いしていただき、1住戸の方のところを訪問。かさ高い年配の大人が10人ほども中にいれていただいてインタビューなど、短い時間だったが本当に恐縮した。ご協力には、ここにあらためて感謝する次第です。

来年2月に授賞式がある。今回は29回目だそうだが、毎年2、3作は選ばれてきており、昨年はグランフロントの建物など大規模なものが多いのに、今年は比較的小さな「住 真田山」ひとつだけだったので、ちょっととまどった。不作の年だったのか予算のせいもあるのか分からないが、苦労した建物だけに受賞することができたのは良かったと思う。最終の審査では、1階の植栽を含めたアプローチデザインや全体の設計の質、あと賃貸住戸で工夫した可動間仕切りなどを大きく評価していただいた。

推薦住宅が109件あり、二次審査に残ったのは5件ほどだったようだから、その中のトップ当選ということになるわけで、光栄に思うし素直に喜びたいと思う。ただどちらかといえば建築デザインに対しての賞ではなく、都市計画というか街づくりの視点が強いものなので、余計によく受賞できたものだとあらためて思う次第。

ならっぷ 2015初冬

奈良町にある「ねっとわーくぎゃらりー ならっぷ」へ行って来た。もう建ってから10年を超えたが、今回、中の家具の手直しがあってその工事の確認。昨日の電話でも午後にかかると聞いていたので午後1時に行ったが、午前中でぎりぎり終わったようで、もう業者はいなかった。一応確認作業を終え、帰りは奥の中庭側へ出て露地を歩いて出た。下はそのときに撮った写真。


奥に見える姿のよい木はカツラ。残念ながら黄葉はほぼ終わっているが、まだきれいな黄色の葉が下に残っている。イチョウに次いで黄葉の美しい木なので、もう少し早ければ美しい黄葉が見られたのにと多少残念だった。

でも写真を撮ったのは、手前の右にある黄色い葉に驚いたから。これはギボウシだが、こんな黄葉をするとは知らなかったのでびっくりしたのだ。まあギボウシというのは、確かもともと日本原産だが幕末ころにヨーロッパにわたり、そこからアメリカにも行って品種改良を重ねた結果、今ではガーデニングの主役といっていいくらいの存在になっている。それが日本に逆輸入されているのだが、今や本当に多くの種類がある。これも比較的大型の種類だが、黄葉のことはまったく知らなかったので目からうろこの思いだった。