松田靖弘のブログ

仕事とする建築のことや大学で教えている緑のことなどをはじめ、自分の日常の些細なことまで含めて気が向くままに書いていきます。

千里山東の家2017


今日行ってきた以前手がけた千里の家の写真。
最初はLDから見た中庭の景色。ヤマボウシの紅葉があまりに見事で、コーヒーをいただきながらの雑談の途中で撮った。私の知っているヤマボウシの紅葉はもっとくすんでいて、こんなに赤く染まるのを見るのは初めて。今年は寒さが急だし、ここの中庭は空に開いていて、1階の低木はともかく高木にとっては多分なかなか居心地がよいのもあるのか。そんな自分の感想を言うと、最初はそうでもなかったが竣工数年後からは毎年こんな色になっていますとのことだった。

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小さな工事の確認のために行ったのだが、それは上のルーバーサッシの取り付け。少し値段がはるのでいったん中止になっていたのだが、やはりほしいということで実施になった。まあ場所は物干し。樹脂の固定ルーバーをつけていたのだが、強風だと少し雨が入るということで開け閉めできるものを要望され、少し探すのに苦労したが、要望に応えられるものが見つかり、提案していたのだった。

ただ私もカタログでしか見ておらず、どんな感じか確認の意味もあって出かけてきた。少し値段もはるが、見た目もなかなかしっかりした作りで、これならほかのところでもいろいろ提案できると思った次第。医師でもある奥様は超多忙なので、最初はご主人も含めわたしもそこまで必要かとも思ったが押し切って実現されたのだった。

竣工後もう8年以上経つが、昨年いくつか改修の要望が出たものの自分の方が忙しくてなかなか手が回らず、ようやくこの9月になって工事がほぼ終了し、それから追加工事として今日の工事となった。まあようやくこれで全部終了。最初に出かけたのは昨年の10月だったので、まる一年以上かかったということになる。それを話すと、みなさんもそう若くはないので(私が最高齢だが)、本当ですねと唱和されて笑いが広がった。

最後に9月にできた寝室の格子の写真をあげておこう。そのときにここに書こうとしたのだが、忙しくてそのままになっていた。今日あらためて見ると、自分で設計しておきながらだが、けっこう繊細で部屋のやわらかな仕切りとしていい感じになっている。最初は目隠しを要望されたので、ブラインドの検討などいろいろ曲折はあったが、最終的に奥様の決断でこれが実現した次第。
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桜モミジ 2017

サクラモミジ2017
今朝のウォーキングで撮った写真。大阪城公園に森之宮から入って直進したところの、東外濠沿いに並ぶ桜のモミジ。

実は、ここしばらくウォーキングはご無沙汰。仕事の大きな山場があったのと、少し体調を崩したりして一ヶ月近く休んでいた。だから今日は東外濠手前で左に折れて階段を登るショートカットのつもりだったが、この紅葉の鮮やかさに引かれてそのまま濠沿いに青屋門まで行くことにしたのだった。

もう一つ、久しぶりで気になっていた水鳥たちのこともあった。この東外濠には、まず南に2羽のオオバンがいて、戻ってきているのを確認。中ほどにも3羽のオオバンと、4羽の多分カルガモが浮かんでいた。ここはそれだけだったが中の青屋門に入る坂の向こうの北外濠には、手前に数羽のオオバン、はるか向こうに10羽ほどのこれも多分カルガモたちが見えた。どうやら今年の第一波が帰ってきたところのようだ。

青屋門をくぐって東の内堀に入ると、右手、天守閣へ入る極楽橋のたもとにやはり20羽ほどのカモがいた。

自分は反対側の左に折れ、梅林沿いの坂を登り、玉造口から出たところの南の外濠には一羽のカモ、ずっと西の向こうにも数羽いるのが見えた。あとよくカワウがいる石垣のふもとのところにも小さな鳥が数羽いたが、石垣をよじ登って羽根を広げるようなことをしていたので、おそらくカワウの子ではないかと思う。親鳥は見えなかったが、餌でもとりに出かけたのだろうか。

桜モミジは今が盛りのようで、場所によっては見事に染まった落葉で地面全体がおおわれていて見事だった。きれいなのを数枚よってポケットに入れ、家へのおみやげにした。

迷子の思い出

先日、差し迫った速達の小包を出しに事務所からタクシーで夕陽丘の天王寺郵便局まで行った。すでに夕方だったので仕事は切り上げて歩いて帰ることにし、途中の上六のビルでたまに行く居酒屋に入った。重層のショッピングモールの地階にある店だが、飲んでいるとビルのアナウンスが流れ、迷子の幼児のことだった。幼稚園児くらいの女の子らしい。しばらくしてもう一度流れたが、今度は名前も含めたアナウンスだった。

それで思い出した自分の記憶。

もう二十年ほど前になるだろうか。家族4人で家内の故郷の石巻に行ったとき、途中の仙台の駅ビルだったかのショッピングモールを歩いていて、ふと気がつくと長男がいなくなっていた。まだ幼稚園か小学校に入ったばかりだったか。家内が血相を変え、年は上の長女も含めみんなで探しだしたのだが、あとは自分の記憶にない。

まあそのときのことを思い出し、アルコールのせいもあるのか、何ともなつかしい気分になったのだった。帰って家内に聞くと、探し出してまもなく違う階のところで見つかり、本人はケロッとしていたそうだ。

さて最初に書いた迷子は、私が少しして店を出て帰ったのでその後は知らないが、親の心配を思うとすぐに再会できたと思いたい。自分にもあの記憶は予想外に残っていた。そして自分の子どもたちの迷子はそれっきりで、ほかに覚えがないが、それはそれで一つの美しい小包のようになって今の自分に届けられた。意外に深いところの記憶として、大事に残っていたように思う.。もちろん本人は覚えていないだろうが。