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松田靖弘のブログ

仕事とする建築のことや大学で教えている緑のことなどをはじめ、自分の日常の些細なことまで含めて気が向くままに書いていきます。

2018年 大晦日 悲しき熱帯

さて今年最後の日になった。読書のことを書いておこう。

ことし一番印象に残った本となると、文句なしにフランスの文化人類学者レヴィ・ストロース氏の「悲しき熱帯」だ。

(読んだのはもちろん邦訳で講談社学術文庫のものだが「悲しき南回帰線」という邦題がついている。ただ南回帰線というのは内容にあまり関係のないロマンティックな効果だけの言葉で、書物の内容からしても違和感が強すぎる。ただ「悲しき熱帯」という直訳ではあまりに即物的なタイトルではあるけれども)

学術書ではなく、氏がまだ若いころサンパウロ大学時代にやりとげたアマゾン奥地への調査旅行記が中心の書物。ただそれだけではなくて、話しも時代もあちこちに錯綜して飛びつつ、第二次大戦期のはじめ、ドイツ軍がパリ侵攻のあとで作ったフランスのヴィシー政府のもと、ユダヤ人である氏がスリリングな経緯を経て船で出国する顛末や、そのあと過ごしたニューヨークの郊外、ファイアーアイランドの特異な景色、インド(パキスタン)のガンダーラ遺跡の風景などもちりばめながら、各所で辛らつな文化文明批評が語られていて、全体としてはすばらしい紀行文と言ってよいのかもしれない。

アマゾン奥地の調査記は、昔読んでこれもすばらしく感動した本多勝一氏のニューギニア高地人のルポを思い出したが、接触できたさまざまな現地民の生きざまが語られていて、グーグルマップをたどりながらゆっくり読んでいった。だから読み終わったときは自分も一緒に旅してきたような軽い疲労感と高揚感まで味わうことができたのだった。

自分にとって本の中でのピークは、下巻のはじめごろだったか、その日に読んだ新聞か雑誌の記事について昔の調査旅行を思い出しつつ書いた彼の慨嘆の部分。記事でとりあげられていたのはこの本にもある昔の調査旅行で取材したナミビクワラ族のことだった。その記者がアマゾンのどこか田舎の町で遭遇したナミビクワラ族の人たちに対して、思いやりのかけらもない侮蔑的な記事を書いていることに、レヴィ氏がアマゾン原野の透明な結晶質の星空の下(昔のことかまた行かれたときか忘れたが)眠りにつこうとしながら天に向かって語りかける痛憤と悲嘆の場面。

氏のこの天にも届けと言わんばかりの痛切な詠嘆に対しては、本当にわたしも深く、そして強く魂をゆさぶられた。

つたない言葉でしか書けないが、人間の生きている基底のそのまだずっと底というようなものの存在を、あざやかに感じさせてくれるような文章だったと思う。地面にじかに寝てくらす(彼らのような人たちでもほとんどいない)彼らよりも、われわれは本当にうるわしくすぐれた生活を送っていると言えるのか、彼らの生きている姿の輝きは、彼らの方がもしかしたら幸せということをもの語っているのではないのか、彼我の生活は考えて比較するにも次元が違うところにいるのは確かだろうが、その違いのはざまにある堅い壁をものともせず、それを足で乱暴に蹴破ってしまうような痛烈なレヴィ氏の絶唱は、わたしにとって生まれて初めて、人間の幸せということについて、そんな彼我の違いを超えて感じ考えられる地平線のようなものをかいま見せてくれたように思う。

うまく書けないがもう少し続けると、自分も「未開人」に対して初めて、深い敬意をもって接するための共通する地平とそのための立脚点というようなことについて、多少なりと会得することができたように思ったのだ。文化文明の違いをまたにかける真の「文化人類学者」とは彼のようなことを言うのだろうかと心から思った次第。

長くなった。オセアニアや東ヨーロッパ史、またとくにインドについては多少なりと書きたかったが息が切れてしまった。まあ上のを書ければとりあえず満足と思って書き出したから、今年はこのくらいで。

来る年が本当によき年でありますよう
みなさま どうかよいお年をお迎えください

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2018年末 今年の仕事

住真田山EAST 2018-1
さあ、今年もいよいよ大詰め。恒例の年末の締めくくりを。
仕事では、以前の「住 真田山」に続くシリーズ第二作「住 真田山EAST」が夏の盆明けに竣工したことが一番大きい出来事だった。前のには、賃貸住宅のほかにオーナーのご自宅と不動産管理を業とするその会社(だるまや土地株式会社)の事務所も入っていたが、今回は全てが賃貸住戸。上の写真の露地を入っていくアプローチはよく似ているが、突き当たりに庭があった前作にたいし、今回は下の写真にある小さなラウンジのようなエレベーターホールを介して庭に接している。

置いてある家具はジョージ・ナカシマの有名なコノイドベンチと、その製作もした桜製作所デザインのテーブル。さすがに空間が引き締まり、高額にもかかわらず踏み切っていただけた施主には感謝の気持ちだ。実はジョージ・ナカシマ氏は、自分が社会に出て初めて勤めたレーモンド設計事務所の大先輩でもあり(もちろん直接の面識などないが)多少感慨深いものがあった。
住真田山EAST-4
施行してくれたまこと建設は、今や世界的な建築家となられた安藤忠雄氏の仕事を数多く手がけてきて、コンクリート打ち放しの建物をまかせれば日本一(もしかすると世界一?)と言ってもいい会社だが、今回も期待にたがわない仕事をしてくれた。ただ工程管理のまずさもあって、竣工前の最終局面で多少不手際があったもののそれは1階回りの仕上げのことで、コンクリートの素材自体はもちろん、全体的な施行についてもよい仕事をしてくれたと言ってよいと思う。

ここで打ち明け話を少しすると、まこと建設は、安藤忠雄氏の建物の評判もあってコンクリート打ち放しを数多く手がけているのでその職人たちもたくさんいる。でもやはり安藤さんの建物となると別格で、「安藤組?」とでも言うべき職人さんたちがいるようだ。前回は、最初からはっきりそうではないと聞いていて、まあ予算的にも厳しくそれで当然と思っていたが、今回は「安藤さんの手(型枠大工)が来てくれます」とはじめに聞いて、かえってこちらが緊張したのだった。確かに安藤さんからの発注が定期的に決まっているわけでもなく、その職人さんたちも安藤さん以外の建物を手がける機会もあって当然だが、聞いたときは多少面食らってしまった。

設計としてはあまり難しい仕事を要求はしていなかったものの、設計時点で「できれば・・・」と思っていたことも実現してもらえたし、何より現場の懇親会(飲み会)で同席して、断片的ではあるが苦労話しをいろいろ聞かせてもらったことはとても印象深い経験になった次第。最後に入口側の全体写真をあげておきます。ちなみに今日の全ての写真は、福澤昭嘉氏の撮影。

あと仕事で書いておくべきかと思うのは、かなり久しぶりに木造在来工法の住宅の設計を始めたこと。現在、省エネ義務化に向けて国交省がやっきになって講習会を開きまくっていて、ある程度自分の知識も改善してきていたつもりだが、具体的に現在の木造住宅のことを調べてみると、予想以上に変化(進化?)していることが分かってびっくりしてしまった。

まあ高気密高断熱の住まいというのは、建築家としてかなり前から、人に先駆けて手がけてきた自負はあるし、その利点については、省エネの観点以前に、感覚的に強く推奨したい思いを昔からもっているので、あらためて本格的に取り組んでみたいと考えている。そしてようやく年末ぎりぎりに仕上がった基本計画について、先日、施主には一応の了解をいただけたので、来年の展開を楽しみにしたいと思う。

さて仕事の話しだけで今年は長くなってしまった。今日はこの辺で。
住真田山EAST 2018-3