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松田靖弘のブログ

仕事とする建築のことや大学で教えている緑のことなどをはじめ、自分の日常の些細なことまで含めて気が向くままに書いていきます。

めでたさも中くらいなり

いよいよ新しい年の幕が明けた。今年も喪中欠礼だったので、寒中見舞いのはがきを書いているところ。家族の人数が一人欠け、いつにもまして静かな正月だったが、その余暇を利用して数冊の本を読んだ。

その中でもっとも印象的だったのは、藤沢周平氏の「一茶」。内容は、もちろん江戸時代の俳人小林一茶の評伝小説だが、俳句も名前も有名なわりにわたしは今までよく知らなかった人だ。俳人や歌人には笑われそうだが、同じ江戸時代の良寛和尚とイメージがごっちゃになってしまっていたのだった。でもいま調べてみると、一茶の生涯は1763年-1828年で良寛は1758年-1831年だから完全に重なっていて、ちょっと驚いた次第。また郷里も、長野県でも最北部で良寛和尚の新潟県との県境だった。

我と来て遊べや親のない雀

こういう一茶の句で何となく、子供好きだった良寛和尚のイメージと重なったのだろうが、小説を読んでみてまったくその考えをくつがえされた。貧農の長男の生まれだったが継母と合わず、半ば追い出されるように江戸に出て、こんどは自分の才能に吸いこまれるようにして俳諧師をめざしたものの、結局完全に身を立てるまでにはいたらず最後は郷里へ帰る。

寝床で読みおえるまで3、4日だったと思うが、一度途中でおいたとき、ここから藤沢氏はかの有名な「小林一茶」までどうやって引き上げていくんだろうと考えたことがあった。

そこまでがいわゆる評伝的な描写でもの足りなかったのかもしれない。また肝心の彼の俳句の引用も少なかったし、自分の不幸で世にすねていくようなところを強調する描き方だった。でも才の輝きを、彼の俳句を素通りして小説で直接書くのはぜったいに無理だろうと思ったから、ではどんな風にこのあと物語りは展開していくのかしらと考えたのだ。一茶の生涯についてはそれまでほとんど知らなかったので、もしかするとこの後よっぽどの悲劇でも用意されているのかもしれないと考えたくらいだったが・・・。まあ興味を持たれた方には直接読んでいただくとして

----- 目出度さもちう位也おらが春 -----
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  コメント


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今回の帰省は、どうにもこの句にあるようなものでした。
故郷にも現実があって、それはまったくやさしくないですよ。なんか眼を背けたくなることばっかりで、そんなこんなの中で、うなずくしかない自分がいる。
2泊した後、逃げるように飛行機に乗りました。
一茶が故郷に帰った話、読んでみたいけど、今は気が重いかな。

新平 | URL | 2007年01月10日(Wed)10:39 [EDIT]


藤沢周平

そういうときは「一茶」はおすすめじゃないですね。藤沢氏の小説としては怜悧な感じだし。これは読む前に知っていたが、訴訟を起して実家に割り込んだわけで、いわゆる「放蕩息子の帰還」のようなのとはわけが違う。自分に似ているような部分も感じて、まあ私にとってはよい小説だった。
でも藤沢周平は、とくに短編ならもっとほのぼのして癒されるような良品がいっぱいあります。昨今のブームもさもありなんという感じ。陽光あふれる地中海の砂浜で、雪の舞い散る「海坂藩」や江戸の風情に思いを馳せる、なんてのもいいかもしれないよ。

松田 | URL | 2007年01月10日(Wed)17:29 [EDIT]