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松田靖弘のブログ

仕事とする建築のことや大学で教えている緑のことなどをはじめ、自分の日常の些細なことまで含めて気が向くままに書いていきます。

西ノ京-1:宝来山古墳

この連休の最後に一人でぶらりと西ノ京まで行ってきた。数回に分けて書いておきたいと思う。

13日の月曜日、快晴の天候にも誘われて、昼過ぎごろに家を出て、近鉄の快速電車に乗って奈良へ。西大寺で橿原神宮行きの各駅停車に乗りかえ、次の尼ヶ辻駅で下車。これが今回の大きな目的の一つだったが、久しぶりに古墳を見てみたいと思ったのだ。名称は蓬莱(宝来)山古墳といい、宮内庁が垂仁天皇陵に比定しているが、この天皇の実在さえ曖昧なところがあるので、これはまあ愛称のようなものだろう。

昔にも何度か来たことがあり、尼ヶ辻駅の近くだとは覚えていたが、歩き出すと駅前の小さな住宅地のすぐ裏に突然ぬっと出てきたのでびっくりした。そういえば昔はいつも唐招提寺に行った帰りに南から歩いて来たので、逆に尼ヶ辻駅から向かうのはこれが初めてだった。

実はこのところ、ちょうど読書の秋だがTVが故障中ということもあって、日本古代史の本をあさっては、読みふけっている。まあそれで古墳を見てみたいと思ったのだが、ある本によれば、ここはいわゆる古墳時代でも最盛期の河内古墳群より前の時代の佐紀古墳群の一つで、おそらくは初めて平地に築かれた前方後円墳だそうだ。それまでは山の裾野のあたりに地形を削りだして形を作り、きちんとした濠もなかったのが、ようやく濠を全周に掘りこみ、その残土を利用して墳丘を作ったのだという。

最初の写真は尼ヶ辻駅から歩き出して突然出くわしたところから、一周してみようと思い立って、北側に回りこんだあたりで撮ったもの。南が正面の前方後円墳だから背後の円丘部分の裏側だが、この水に接さんばかりにふくらみ、雲のように湧き立つ緑の圧倒的な迫力に息を呑む思いで撮った。そう、この原初的な水と緑の景色を目にするためにわざわざ来たのだった。
宝来山古墳-1

次は西側からほぼ南端に回りこんだところで撮った全貌。こちら側は駅や線路から裏になるからか、地形も沈んでいるからだろうか、濠端には入れないようになっていた。
宝来山古墳-2
宝来山古墳-3
上の写真はようやく南側正面の白い砂利の敷き詰められた広場に着いて撮ったもの。他の天皇陵と同じくやはり脇に小さな監視小屋が置かれてあったが、よく見るとここは中に本当に人がいたので驚いた。まあ口をあんぐり開けて熟睡中のご様子だったが。

ここは前方部(正面表側の台形の墳丘部)になるが、下はその東部分のアップ。一服しながらゆっくり眺めていると、裸の野性というか、自然の隆々たる息吹の力強さと同時に、歴史のはるかなる年月の重みとその底に沈む太古の冥(くら)さのようなものまで一緒に感じさせてくれて、なにやらドキドキした。
宝来山古墳-4

最後はそこからもっと東へ歩いてから撮った写真。左の明るい部分が前方部の東かどで、右の暗い部分が奥の円丘部の側面になるが、やはり写真にすると、かなりある奥行きがほとんど消えてしまってよく分からないのが残念。
宝来山古墳-5
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