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松田靖弘のブログ

仕事とする建築のことや大学で教えている緑のことなどをはじめ、自分の日常の些細なことまで含めて気が向くままに書いていきます。

絹谷幸二展

西ノ京の続きを書かないといけないのだが、別のものをはさみたい。日本画家と言ってよいのかどうか知らないが、大阪の難波高島屋で開かれている「絹谷幸二展」へ行ってきて、とてもすばらしかったので書いておきます。

じつは絹谷画伯は、大阪で勤めていたときに私にとっての最後の施主だった方で、仕事の経緯はもちろん氏の強烈な個性、ご家族のことなど思い出は数多い。でもここで書くべきようなことではないだろうし、作品自体にもあまりの関係ないことがらだろう。

わたしにとっては何らか芸術作品というべき存在に向き合うときには、そこにある「もの」と自分自身との「対決」と考えるような意識が若いときには強く、それが批評的になりすぎると、裁断しつくして、結果あとには何も残らないというようなことさえあった。まあ言葉に定着すれば、それもそれなりの意味はあるのだろうとは思う。でも30を過ぎたころ、自分の悪弊の一つだ思って深く反省し、同時に絵を見ることに対する興味も半減したが、三つ子の魂で、今でもやはりそういうのが自分の底流に多少はあるようだ。

こんなことまで書いたのは、本当に久しぶりに、絵画の展覧会を見て面白いと思ったからだ。色彩のすさまじい迫力とその躍動に圧倒されたと言ってよいだろう。若い時、印象派をはじめとする絵画の傑作に向き合ってみたいと思ってひたすら「巡礼」したころの経験とは違って、事前の情報があまりないまま、素手で向き合ってこんなに大きな感動があったのは本当に久しぶりのことだ。

もちろん以前にも画伯の絵を見たことがあったが、今回は予想に反して大作ばかりで、まずはそれに驚かされた。まあだらだらと書いても仕方がないので一つだけ。一番最後にあった「蒼に染まる想い(巡りくるとき)」だったろうか、これについての感想だけ書いておきたい。

絵そのものについては、単に「絵画」というような範疇を超えて、文学的と言ってもいいようなものが混じっており、独自に深化したコラージュとでも呼びたいような作品だ。だがここで書いておきたいと思ったのは、これが最後に飾ってあったのがとても印象的だったからだ(逆に最後にあったからこそ以下の感想をもったのかもしれない)。これまであまり現代の作家の展覧会を見たことがなく、昔の画家のせいぜい回顧展を見てきただけだから思うのかもしれないが、こういう風に作品自体であざやかなピリオドを打ったような展覧会は初めてで、本当に驚かされた。

ただその感想は、会場を出るときにはっきりしていたわけではなく、もやもやとした感情の塊として心にあり、今それを書こうと思ったのは、そのもやもやした気分に自分なりに一応の決着をつけておきたいと思ったからだ。

霧中と言おうか、ぶ厚い雲の中をやみくもにずっと飛行していたのが一気に雲が切れ、全面濃いスカイブルーの広々とした空中に飛び出した。その瞬間、目の前に見えたものは何だったろうか。さらなる遥かな地平を背景に、虚空に舞う目まいのような感覚の中で、見えてきたものをここでとりあえず描いておこう・・・そういうような作品だと思った。そしてそこに浮かぶ過去の形象は、もはや、はるかに今生を超えた記憶にまでつながっていて、あたかも未来が過去の姿をまとって立ち上がってきたかのようだ。はるかに遠く、あまりにもやるせなく、そしてかけがえのないなつかしい記憶の数々・・・。
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