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松田靖弘のブログ

仕事とする建築のことや大学で教えている緑のことなどをはじめ、自分の日常の些細なことまで含めて気が向くままに書いていきます。

延暦寺と龍安寺

この前の連休、京都へ行ってきた。東京からの知人を案内してだが、今回訪れたのは延暦寺と龍安寺。

朝10時に京阪線の出町柳駅で落ち合い、京福電鉄からケーブルカーとロープウエイに乗り継いで比叡山の山頂へ。延暦寺は、学生時代に京都に住んでいたのにほとんど行った記憶がない。覚えているのは、まだたしか大学の一回生のときだが、合コン(言葉が古い)で、けっこうたくさんの男女の学生集団で比叡山に登ったことがある。女性陣は、ドレスを着てハイヒールを履いていたりで、けっこうおめかししていたので、ケーブルカーには乗ったはずだが、山登りも多くてちょっとかわいそうだったのを覚えている。でもそのときも延暦寺に行った記憶はなぜか残っていない。

まあだから初めてかもしれないが、行ってみると意外にも古いものが少ないのに驚いた。とくに自分の興味の対象である建築物にいたっては、江戸時代初期がもっとも古いものだから、関西にいて古代からのものさえ見慣れているので、ちょっと落胆させられた。思えばたしかに信長の焼き討ちというのは徹底的だったんだなと、あらためて思い知らされた次第。

下はそのうちでもっとも重要な根本中堂。やはり江戸初期のものだが国宝になっている。
延暦寺根本中堂

ちょっとは期待していた紅葉もやはりまだまだで、昼過ぎには山を降り、昼食をとってから知人のリクエストで龍安寺へ。戻った出町柳からだとバスでも不便なのでタクシーに乗ったが、1800円くらいで着いた。京都の東から西の端へという感じなので遠く思うが、やはり京都の街はコンパクトだ。ヒューマンスケールの町と言うべきか。下は山上で見つけた紅葉。
延暦寺の紅葉2008

龍安寺は、何回か来ているが、今まではどうしてかいつもおざなりな印象しか残っていない。あまりに有名すぎるからだろうか。たしかに人も多いし。でもここの有名な石庭は、たしか室町の終わりごろのものだが作者の名前は残っていない。すでに庭師でもきちんと人名が残るようになった時代だが、そういう有名な人たちでなかったというのがすばらしいと思う。これが大きな寺の庭であればそれなりに予算もあって、造りこんだ庭にもできたのだろうが、それに対してここは予算的には最小限で済んだのではないかと思う。だから無名な人でも腕をふるえたのだろうが、それでいてほかの大庭園をはるかに凌駕するような、最高に見事な「庭」を作ったというのが何とも言えないくらいに痛快に思う。
龍安寺2008

最後は流れていつもの先斗町のひろ作へ。その日の花は水仙だった。さすがに早い。冬に咲く貴重な花の一つ。ヨーロッパではギリシア神話のナルキッソスという美少年に由来を持つ花だ。彼はナルシストの語源にもなっている。

ただ調べるとこれも毒草。ニラと間違えて食べてあたる人がいるらしい。食べた部位によっては死んでしまった人もあるというから怖いものだ。ナルキッソスが死んだあとに咲いた花だというが、そういうのも神話の下敷きにあるのかもしれない。
ひろ作の水仙
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比叡山

学生時代、一人でデイパックを背負って、修学院から根本中堂経由で、滋賀県にぬけた事があります。
ちょうど今ぐらいの季節でした。
山を一つ間違えて、坂本よりはるか北に下りてしまいましたが、そのとき、日暮れ時に延々と歩いた、山の沢のあぜ道の風景が、なぜか記憶に鮮明です。
田んぼ端の柿の木が、葉っぱはすべて落ちて、実だけ残っていました。

新平 | URL | 2008年11月09日(Sun)08:46 [EDIT]


東山

わたしも学生時代、東山からよく山を越えて滋賀まで歩いた。山中には無数の道があるね。ある時は散歩の途中でふらっとその気になって、足元はつっかけ履きのままだったこともある。一度、大文字山の脇道から滋賀へ抜けて、それから大阪の実家へ帰ろうと思ったことがあったが、山中の道がよく分からず、気の向くままカンを頼りに歩いたが、なかなか着かない。ようやく日が暮れる前には降りれたが、そこは坂本のあたりだった。

松田 | URL | 2008年11月09日(Sun)13:28 [EDIT]