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松田靖弘のブログ

仕事とする建築のことや大学で教えている緑のことなどをはじめ、自分の日常の些細なことまで含めて気が向くままに書いていきます。

奈良の古建築-12:長弓寺-1

懸案だった長弓寺。春の古寺巡りで唯一書き残していた寺だ。そもそも最初にあの見学会をやろうということになったきっかけは、一番最初に書いた民家の「中家」を見に行こうと私が言い出したことだったが、その次に決めたのがこの長弓寺だった。

なおこのシリーズでは、伝統建築について少し踏み込んだことを書こうとしているので、建築の専門用語や図面も交じるし、わたしの文章力では理解しにくいところもあるかもしれない。古建築や建築にあまり興味のない方は読み飛ばしてもらってもけっこうです。

さて数年前から仕事で、あるお寺の計画に関わっているのは、ここにも少し書いたかと思う。そのために古建築の文献や写真、資料などを読み漁っていることも。その中の資料の一つにこの長弓寺本堂の実測断面図がのっていて、二次元ではあるが、その断面のプロポーションの美しさに目を奪われたのが、ここに行ってみようと思った直接の理由だった。

一般の方には、図面だと分かりにくいとは思うが、とりあえず下にその断面図と、参考に縮尺が違うが一応、平面図もあげておきます。
長弓寺図面
全体として低く構えた水平的な空間の上を、流れるようになめらかな大屋根が覆っている。微妙な屋根のそりが外観を整え、軒先から室内に続く天井の勾配の切り替えが何とも精妙なバランスを保ちながら、異なる諧調をとって内部空間を組み立てている。そしてこれらがあいまって、全体としては何とも優美な姿を造り出していると思う。

この本堂は国宝。鎌倉初期にあった史上二回目の建築様式の大移入期を経て、日本の中世は、いわゆる和様の仏殿建築が徐々に熟成し完成していく時期にあたるが、そのもっとも早い時期の新和様寺院建築の一つ(新和様と書いたのは、平安時代に熟成をとげたそれまでの和様建築に対して、中世以降のものがそう呼ばれることもあるから)。残っている棟木の銘によれば1279年の上棟だが、平安末に平家の焼き討ちにあった東大寺の再建に力をつくした重源が、自身で移入した天竺様(今は南大門のみ残る)の影響も間近に受けて、新たな一歩を踏み出した記念すべき和様建築だ。
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  コメント


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お久しぶりです

まだまだ暑さが続きますがお元気ですか?
仕事の合間にブログを拝見しております。
そちらの仕事も順調に忙しそうですね。
これから秋に向かい、また京都へ行く日が次第に近づいてきています。今、勉強がてら「京都の空間意匠」(清水泰博著)という本を読んでいます。私には建築家の思考が乏しいので少々難解なところもありますが、松田さんのブログを拝見していると、この著者とどこか捉える視点が似ているような気がしないこともありません。「一緒にするな!」いわれるかもしれませんがね。ま、同じ建築家同士でしょうから。
それでは元気で頑張ってください!

大平 | URL | 2009年09月04日(Fri)17:27 [EDIT]


こちらこそ

こちらこそ、久しぶりです。「京都の空間意匠」という本や著者も知りませんが、新書のようですね。機会があればみてみましょう。
でも今年の夏は涼しかったとは思うものの、やはり残暑は独特のものがあって、けっこうこたえますね。キャンプも雨で大変でしたから、そういう疲れが出てきているのかもしれません。そちらもどうかご自愛を。

松田 | URL | 2009年09月05日(Sat)09:53 [EDIT]