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松田靖弘のブログ

仕事とする建築のことや大学で教えている緑のことなどをはじめ、自分の日常の些細なことまで含めて気が向くままに書いていきます。

奈良の古建築-15:霊山寺とゴシック

さてまた余談続きで恐縮だが、今回は長弓寺(ちょうきゅうじ)を書くときにとりあげようと思っていた霊山寺(りょうせんじ、りょうざんじ、れいざんじ)のこと。

三つも呼び名を書いたが、最初のが正式なもの。実はこの二つの寺の本堂は、ほとんど創建年代が同じだ。霊山寺は、棟木(むなぎ)の銘に1283年とあり、1279年の長弓寺の上棟からほんの4年後の上棟だ。しかも規模もほぼ同じで、今やともに国宝の和様密教建築。電車で行くと、両方近鉄奈良線の冨雄駅からバスで数駅の所だ。ただ駅からは近鉄線に直交して流れる冨雄川沿いは同じでも、北と南のちょうど反対側の位置になるが、まあすぐ近くと言ってもよいだろう。

このあたりが関西の奥行きの深さだと、今まで両方知らなくてびっくりした私は、ちょっと東京の連中に自慢してやろうと思ったくらい。とにかくこんな大そうな本堂建築の普請(ふしん)が二つも、ほぼ同時期に同じ地域で進んでいたということに、何とも言えないくらい驚いたのだった。

さらに飛躍した余談をはさむ。
昔ヨーロッパへ建築を見に行ったときのことだ。場所はフランスだったが、最初パリに着いて近代建築ばかりを見ていたものの、あまりにつまらなくて早々に切り上げパリを後にした。パリでノートルダムは見ていたが、それやアミアンの偉容を見てゴシック建築に感激し、そのあと地方のゴシック寺院をいろいろと見て回った。ゴシックはヨーロッパ中世の建築様式で、時代としては11~13世紀あたり、長弓寺や霊山寺も同時代と言ってよい。

旅行の時期はちょうど夏のバカンスが始まるくらいのころだったが、あるゴシック寺院で、付属の信徒会館か何かのホールのような広い場所で展示会をやっているのに出くわした。高校の学園祭などで見るような、大きなもぞう紙に手書きのマジックで地図や文字を書き、写真や資料を貼り付けてあるだけの稚拙(ちせつ)な展示だったが、そのうちの一枚の大きな紙の前でしばらく釘付けになった。

私の語学力では、大学で第二外国語がフランス語だったからといって、文章となるともはや「絵」を見るのとそう変わらないが、これは手書きで北西フランスの地図が書いてあり、その上にあまたのゴシック寺院の名前とその創建年代、工事期間などがそれぞれの場所に書き込んであるというのは理解できた。

びっくりしたのは、その数の多さと、工事期間の重なりようだ。石造だから工事も何十年とかかるが、確かほんの二百年ほどの間に、まったくおびただしい数のゴシックの尖塔(せんとう)が同じ平野のうちで同時に立ち上がっていく光景が読み取れたからだ。これはいったいどういうことなのかと考えながらしばらく茫然としていたが、徐々に体の内側から何ともいえないような感動が湧き上がってきて、不覚にも目が潤んでしまったのを覚えている。
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