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松田靖弘のブログ

仕事とする建築のことや大学で教えている緑のことなどをはじめ、自分の日常の些細なことまで含めて気が向くままに書いていきます。

榊莫山先生の思い出

榊莫山(さかき ばくざん)先生が亡くなった。当年84歳で、今月の三日だったそうだ。私にとっては、昔親しくしていただいた親戚のおじさんの突然の訃報を聞いたような感じがして、自分でも意外なくらいショックが大きく、ここに少し先生との思い出を書いておきたい。

先生は、私が小さかったころ、近く(天王寺区味原町、今なら歩いて7、8分のところ)で書道の塾を開かれていて、たしか私がまだ幼稚園の時に、母に連れられて通いだした。その頃のことは、ぼんやりとしか記憶にないが、場所は、ご自分の住まいである二階建ての、そう古くはない小さな洋風の木造家屋で、多分その二階の書斎の一画を使っておられたのだと思う。めっぽうたくさんの大きさや種類の違う筆が、整然と数段のはしご状の横棒にかけられていたり、座卓の上には形や大きさの異なるいろんな硯(すずり)が所狭しと並んでいて、珍しく神秘的でもあったその光景をわずかに覚えている。

市立真田山小学校に入学すると、先生は学校の美術と書道の教師もされていた。小学校へ上がる頃か、とにかく最初は書道だけだったのが、少し遅れて絵画教室へも行くようになった。両方の塾をされていたのだ。もうその頃は自宅ではなくて、府立高津高校の裏門の脇に今もある、平屋の小さな公民館のような建物を借りて塾をされていた。書道はたしか四年生くらいのときにやめたが、絵画教室は卒業までかどうか分からないが、六年生くらいまで行っていた。書道をやめたのは、今でも毛筆は苦手だし、あまり面白くなくなったのかもしれない。塾ではあまり具体的な教えはなく、ほとんどほったらかしのような感じだったと思う。書道でも上手な字を書けとか、書き方を教わったような記憶はまったくない。今から思えば、ゆったりとした姿勢で子どもたちの個性を眺めておられたのだと思う。

小学校の授業でも、美術と書道を教わった。でもこれは教師の仕事だから、通信簿に成績がついてくる。覚えているのは、小学校の高学年のとき、夏休みに絵画の宿題があった。小学校までは、夏休みになるとずっと母の田舎へ行っていたので、宿題は家に戻ってから。このときも大慌てで他の宿題を片付け、時間がなくて絵画の宿題はどうしようかと考え、結局手軽だから、家の裏の小さな坪庭の池の景色を描くことにした。ただ遊んでいたのか描くのが夜になってしまい、それでも蛍光灯をつけて、急いで無理やり描いた。

その画は今でもぼんやり覚えているが、自分では意外にうまく描けたかなと思いつつ、「やはり蛍光灯の光だから色はあかんやろなあ」と思ったのを覚えている。水の色は青色にとか、頭で考えて絵の具をしぼったのだ。いつも図画の点だけは成績がよかったのだが、このときはかなり悪かったのをよく覚えている。まあ、これだけ記憶に残っているということは、自分でもこれではまずいと思っていたのだろう。

小学校の旅行で和歌山の白浜温泉に行ったことがあったが、そこの広場に先生の造られた彫刻(女性の裸の立像)があって、脇で売っていた温泉卵の記憶とともに、とてもびっくりしたのを覚えている。いつだったか小学校の中庭にも先生が造られた石造の碑ができ、校門脇の壁にかけられた学校名の書かれた銘板も先生の字で、わたしにとってはあの書体は見慣れたものだった。

でも中学校に上がると、まったく先生との縁は切れてしまった。その後、大学に入って京都で下宿生活を始めてからだったと思うが、三条河原町の朝日会館で、先生の個展が開かれることを知って見に行ったことがある。そう広くはない会場だったと思うが、そこに先生もおられた。「何となくどっかで見たことのあるようなやっちゃな」みたいな眼でこっちを見られた瞬間があったが、気恥ずかしくて結局声もかけられずに会場をあとにした。今となっては、少しでもお話すればよかったと悔やまれる。

私にとっては人生に悠々と出てこられて、ついに悠々と去っていかれたという感じがあまりに強くて、あとは何と言ったらよいか分からない。ここに心よりご冥福をお祈りする次第です。
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  コメント


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松田さん、良いお話しでした。
私も、小学校六年生まで、習字を習っていましたが、その石田白樹先生を思い出しました。

湊山 | URL | 2010年10月06日(Wed)10:21 [EDIT]


ありがとう

コメントありがとう。久しぶり。
われながら、もたもたした文章で、書きたいと思って書いただけだが、意外に拍手が多いのでびっくりしている。思い出していると、今にもあのゆったりとした笑顔と声が聞こえてきそうな感じがする。
でも本当にすばらしく大きな人生を歩まれたのではないかと思う。ここの拍手やコメントも供養の一片にでもならんことを。

松田 | URL | 2010年10月06日(Wed)19:49 [EDIT]