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松田靖弘のブログ

仕事とする建築のことや大学で教えている緑のことなどをはじめ、自分の日常の些細なことまで含めて気が向くままに書いていきます。

キャンプおおさか

お盆も終わろうとしているが、今年はこれまでにはなかったような雰囲気で、自分にとっても印象的で、忘れられないような盆になった。

まず自分のことから書いておこう。前半12日からは二泊三日で、いつものようにボーイスカウトの夏キャンプの奉仕に行ってきた。今回はボーイ隊。ただ7月になってから急遽予約していたサイトを変え、すでに予約はどこも満杯で、かろうじてとれたのが大阪連盟のボーイスカウト専用のキャンプ場「キャンプおおさか」。それも普段はあまり使われていない第二サイトになった。

私にとっても何回も行ってすでになじみのある場所だが、よく考えてみると、意外にもどうやら泊まるのは初めて。以前、初冬の落葉の写真をここに載せたことがあったが、そこが第二サイト。そのときは、落葉樹はすでに裸で、地面は落葉のベージュのパステルカラーでおおわれ、森の中も明るくすがすがしい雰囲気だったが、さすがに盛夏となると、蚊も多く、様相がまったく違っていた。

初日は現地に朝9時すぎに車で到着。第二サイトに泊まるスカウトたちの森があまりに薄暗いというので、木を多少間引いておいてほしいとの要請だった。スカウトたちは昼前に歩いて登ってくるが、彼らが昼すぎからテントの設営にかかる前にすまさなくてはならない。

一緒に行った副団委員長のT氏とさっそく作業にかかったが、道具は小さな手斧と、やはり小型ののこぎりしかなく、立ち木を切るのは生まれて初めてということもあって、ちょっととまどった。目通り直径15~25センチくらいのを6、7本だったと思うが、生きていると思うとさすがに最初はちょっとためらわれて、軽く手を合わせてから切っていった。

切ったはいいが、それ以上に大変だったのがそれらを片付ける作業。昼前からは、やはり奉仕に来てくれたベンチャースカウト達も手伝ってくれたが、夢中でやっていて、このままやりすぎると危ないと気がついた人がいて、休憩、昼食をはさんだ。

まあこれまでに熱中症にやられた人の記事を読んで、どうしてそこまでなるまえに、休むなり何か手を打たなかったのかと思っていたが、コンを詰めていると、そういうのを忘れてしまうことがあるのを自分でもよく理解できたのは大きな収穫だった。ただこの作業で体力をかなり使い果たし、初日のあとは食事の用意などでも動きが鈍く、それで精一杯だった。とにかく自分がこんなに汗をかくとは信じられなかったほどの汗が出た。

さて忘れられないのは、翌日の朝。

大きく外気に防虫ネットで開かれたテントで、簡易ベッドの上に寝たが、風が吹き抜け、今までのキャンプの中でも最上の寝心地だった。ただ深夜12時ごろ、朝5時半にアラームをかけて寝たが、早くも5時前に目が覚めた。あたりはすでに明るく、最初はもうろうとしてどこにいるかも分からなかったが、とにかくあたりにぎっしりとたちこめていたのは、ヒグラシの大合唱の声また声。

高まってはやみ、大きくなっては小さくなり、すぐ近くの激しい声に、はるかに遠いのがこだまのように混じりあって本当に見事な輪唱そして合唱だった。ぼやけた意識のなかで一瞬頭をよぎったのはなぜか「あの世」のこと。はっきり目が覚めてからもそのことは頭を離れず、ベッドに座ってしばらくは茫然として、激しく鳴きしきる、あまりに美しすぎるようなその声に聴きほれていた。

長くなった。書こうと思ったお盆のことはまた次回にします。
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  コメント


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ごめんなさい

コメントを間違えて消してしまいました。ごめんなさい。
もはや復活はできないようなので、ここに再掲しておきます。
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母の父と、父の姉、それぞれ焼き場は違うが、どちらも町はずれの丘で、ヒグラシが鳴いていました。天上からの荘厳な音楽に聞こえました。飛天に手をつながれて故人が昇天する、そんな情景が目に浮かびました。
願わくば、自分もそんな中で送られたいと思いました。
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自分の記事の内容に加え、無記名だったので少し返信が難しいですが、書いてみます。書かれた感想からは少しはずれるかもしれませんが、読み捨ててください。

自分も確かにいずれ死ぬということを正面から考えざるをえないような時期に入ってきてこの震災がありました。阪神大震災のときとは、まったく違うような感じです。自分の変化は別とすると、やはり大きいのはフクシマのことかもしれません。傷が癒えるまでの時間の長さに圧倒され、「未来」のことまで大きく視野に入ってきたからだと思います。ここでいう「未来」とは、自分が死んだあとのことです。

わたし自身は、自分が死ぬときのことにあまり興味はありません(失礼に聞こえたら本当にごめんなさい。そういうつもりはないのですが)。まあ「自分」というのは、生きている限りのことだと思っているので、そのなかでは「未来」のこともやはり精一杯は考えていかねばと思っています。

あのときのヒグラシの声は、本当にけたたましいと言っていいくらいの音量でした。本部の脇だったので日中なら警戒して遠くで鳴いていますが、人々が寝静まっているからか、すぐ近くの枝でもたくさん鳴いていたのです。でも目覚めたとき、それに起こされたという感じは不思議とありませんでした。アブラゼミやクマゼミならきっと、うなされるような感じで目がさめ、起こされたという気分だったと思います。これは目覚めのしばらくあとで、どうしてこんなに早く目覚めたのだろうと考えたことでも分かります。本当に大音量の鳴き声ではあっても、単にその中で目が覚めただけで、とても自然な感じ、違和感などありませんでした。

少しヒグラシを誉めすぎたかもしれませんね。彼らがこれからも未来にわたってこういう「音楽」を奏でていってくれるよう祈る気持ちです。

松田 | URL | 2011年08月21日(Sun)19:43 [EDIT]