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松田靖弘のブログ

仕事とする建築のことや大学で教えている緑のことなどをはじめ、自分の日常の些細なことまで含めて気が向くままに書いていきます。

修学院離宮

先週の土曜日は久しぶりの京都。市内北東部にある修学院離宮へ行ってきた。このところ毎年恒例になってきた建築見学会だ。前回から丁度一年ぶりになる。今回は7人が参加。メンバーの1人K君が京都市内に事務所を構えたので、御所の宮内庁へ行って予約を取ってくれた。昔は往復はがきの手段だけで、今はWEBでもできるようになり期間も短くなったが、複数人の予定を調整しないといけないのでやはり日程が決めにくい。でも直接御所へ行けば、その場で空いている日にちや時間を教えてくれて予約できるとのこと。自らはすでに桂離宮へも行ってきたそうだ。

拝観は当日の9時からの朝一番と10時からの二番手の二班に分かれた。
修学院離宮-0

ここからは修学院離宮の中のことを書くが、行ったことのない人には案内図などないと分からないかもしれない。とりあえずこの宮内庁のサイトの略図でご覧ください(以下通称で茶屋と書いているが略図にある「離宮」を茶屋と読み替えてください)。
修学院離宮-1
さて上の写真は事務所から下の茶屋へ向かう途中の庭の写真(略図で①の辺り)。さすがに見事に手入れが行き届いていると感心。下は「下の茶屋」(同じく②付近)。
下の茶屋

次の「中の茶屋」は、当初のものではなく息女の住まいが死後門跡寺院となっていたものだそうだが、客殿の部分が明治になって国に返還されて整備されたそうだ。だからここだけはもともと住まいで、高貴の方の御殿だから、客殿は寝殿造風で部材のスケールも大きな御所風の書院だが、この写真は敷地の下のレベルに客殿に寄り添って建つ数奇屋風書院(右手上にわずかに客殿の屋根が見えている。略図で③の南側から北望)。御殿の中の私的な部分ということだろう。

女性の住まいなので、セキュリティには工夫がこらされ、中でも客殿とつながる部分の階段が蹴上(けあげ)踏み面寸法とも、わざと大きく変えてあるのは面白かった。確かに照明もない時代には、暗闇に慣れた曲者(くせもの)といえど危なかったろう。
修学院離宮-2

次は一番上の「上の茶屋」からの景色(略図で⑦からの北西望)。ここまで登ると標高150mほどになるそうだ。南西には京都市内が望め、西北も西山、北山の山並みが借景として大きく横たわっている。ここからの広々とした眺望がやはりこの離宮の圧巻だろう。

写真が小さくて残念だが、日本離れしているというか、桂離宮を頂点とする池泉回遊式の日本庭園の定義をはるかに超えて、格段にスケールの大きな庭園だ。借景の大胆さと言い、雄大と書きたい気分もあるが、ヴェルサイユのフランス庭園などと比べると、やはり日本的な優美さや端正で繊細な感性の方を強く感じる。
修学院離宮-3

最後は先ほど上から眺めた庭の池の周囲を廻ってきたところの写真(略図で⑬と⑭の中間辺りからの南望)。中央右手奥の丘の上に先ほどいた「上の茶屋」が見えている。また左手に茶室の待合のような東屋が見えているが、この位置だとまったくの展望席で、日本の伝統ではあまりお目にかからないような趣向だ。

この丘を、従者に日傘を持たせた立烏帽子(たてえぼし)に束帯姿の公家たちが、しずしずと歩んでいる姿が思い浮かび、なんとも贅沢なものだとため息が出た。でも先発隊にあとで聞くと、江戸幕府の作った公家諸法度により、ここを作った上皇といえど、泊まることは許されなかったそうだ。住まいはあくまで仙洞御所で、武家の厳しい監視の下で日帰りの遊興しかできなかったということになる。資金は幕府から出たのだから仕方がないのかもしれないが、ちょっとあわれな感じもした。
修学院離宮-4

当日はまあこの修学院離宮拝観がメインだったが、出てからのことはまた日をあらためて書きます。
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