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松田靖弘のブログ

仕事とする建築のことや大学で教えている緑のことなどをはじめ、自分の日常の些細なことまで含めて気が向くままに書いていきます。

フーガの技法

このところ仕事がすごく忙しく、昨日の土曜日も仕事で、夜は夜で、ボーイスカウトの団恒例の合同委員会だった。今日は久しぶりの完全休日だが、どこへも出かける気になれず、昼過ぎから事務所へ出てきて音楽を聴いたりしてすごしている。

さっきまで聴いていたのは、本当に久しぶりだがバッハの「音楽の捧げ物」。リヒターの指揮とチェンバロ。フルートになつかしいオーレル・ニコレの名前が入っている。あとは弦楽四重奏団という六人の編成。

これはレコードでも持っていて、一人暮らしの時に、かなりよく聴いた覚えがある。とてもすばらしい曲だとは心底思っていたが、今から率直に言うとそれほど好きというわけではなかったかもしれない。

何というかあまりに裸形の構成というか本当に骨格だけでできているような感じで、エッセンスといえば聞こえがよいが、そんな生やさしいものではまったくなくて、そこに厳密に選択されて残された端正な音楽は、何とも厳しい姿をしている。録音は楽器のすぐ近くにマイクが置かれてあるようで、赤裸々とでも言いたいくらいに鮮明な音質。奏者たちの間に椅子を持ちこんで座っているような感じだ。演奏による造型にも、別種の完璧さがあるような気がして、聴いている途中でそのあまりの冷徹さに逃げ出したくなるようなところがあった。それでもよく聴いたのは、一種の修行のようなつもりだったかもしれないと今では思う。学生時代に何回も唐招提寺に通ったのと同じように。

さて今、これを書き出したときから聴いているのは、やはりバッハの「フーガの技法」。演奏はグレン・グールド。大分前から持っているが、最初に聴いてあまり印象がよくなくて、それからほとんど聴いたことがなかった。今日は、上のリヒターの「音楽の捧げ物」の横にあったので、聴いていみる気になったのだ。レコードでは持っていなかった。

最初、ピアノだと思ってかけたらオルガンだったので、ちょっとびっくりしたが、とてもすばらしくて素直に音楽に引き込まれた。でも後半になり、さっきからはピアノに切り替わっていて、いつもの彼の「うなり声」も伴奏に聞こえている。

感想など書きたいのだが、それは終わってからにしよう。もうあと4曲ほどだから。その合間を利用して他のことを少しはさむ。

演奏のことではなくて、これを聴いて書いておかねばならないことが出てきたのだ。それは以前、同じバッハの「パッサカリアとフーガ」のことをここに書いたことがあって、結局わけが分からないようなことになり、そのままになった記事があるのだが、それがこの「フーガの技法」と取り違えていたことがはっきり分かったからだ。

そのときはヴァルヒャの演奏で、「未完」の曲のはずなのに、演奏が「未完」になっていないので、不思議でおかしいということで終わっていたのだが、何のことはない、曲が違い、この「フーガの技法」だったのだ。

もうすぐグールドの演奏も終わるが、彼の演奏はどんな風に終わるのだろうか。久しぶりにあの大いなる「空白」にまた立ち会えるだろうか。
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