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松田靖弘のブログ

仕事とする建築のことや大学で教えている緑のことなどをはじめ、自分の日常の些細なことまで含めて気が向くままに書いていきます。

横浜 関内 補足

昨日の続きで「大さんばし」の話しの補足。写真も撮らなかったし、行っていない人には分からなくて恐縮だが、国際航路の客船用の大型さんばしで、湾に張り出した細長く巨大な低層建築。このグーグルマップで見てもらえばある程度分かるだろうか。

ただ、昨日書いた雑誌で見ていたというのは、だんだん思い出してきたが、間違いで、これではなかった。帰りの新幹線で一緒だったY氏の言っていたのがどうやらこれで、私の知っていたのは巨大で大スパンの低層建築というのは同じでも違う建物だった。

この建物のコンセプト自体は知らないが、鯨の胎内と背中、とでも言ったらいいだろうか。面白い構成ではあり、突端の岬は印象的なスポット。観光名所になっているのもうなづける。

ではなぜ印象が希薄だったか、ということ。これを書くのが今日の目的だが、やはりバーチャルに流れすぎて現実の建築としては物足りなかったということだろうと思う。リアリティの問題で、コンセプトや映像、図面などの段階では多分十分面白いのだが、実物を見たときにさほど迫力がない。これはやはり構造的な部分を大事にしていないということではなかったか。折板構造を大スパンで用いた意欲的な構造システムのようなのだが。

重力という現実的な問題にどう向き合ったか、これがバーチャルな世界と現実の世界との絶対的な差ということかもしれない。構造を隠してしまうのは簡単だが、現実の世界で立派な建築であるためには、逃げるだけでは解決にはまったくならず、表現につなげる努力が必要だが、その意味では実施デザインの詰めが物足りないということだったと思う。

横浜 関内

2017-08-1
久しぶりに書き込みます。
5月あたりから先月初めまでかなり忙しくて余裕がなく、そのあとも現場が始まったりしてついに2カ月ほどもあいてしまった。ようやくペースも戻り今日は完全休日で久しぶりにここを開いた。

とりあえず先週8月末に行ってきた横浜のことを。若いころに東京に住んで勤めていたが、あまり横浜方面には縁がなかった。記憶をたどっても休日に「三渓園」に来たのと、あとは中華街に行ったことくらいだ。

宿が関内のホテルだったので、あいている時間にあたりを散策したが、何とも神戸の雰囲気に似ている。やさしく吹きぬける潮風のせいだろうか、関東ではあまり見ない整然とした街路構成のためか。とにかくこのあたりが最初に開けたところだったことは分かった。

最初、海際の赤レンガ倉庫に行ってみたが、これは建築的にはそれほど面白くなかった。まあヴォリュームがあるので、印象的なランドスケープではあるし、商業施設に改修されていてけっこう人出もあった。
2017-08-2

翌日は湾をはさんだ「大さんばし」にも足を延ばした。これは建築雑誌の紹介でずいぶん前から知っていて記憶に残っていたのだ。低層だが大スパンの大型建築。それなりに面白くないことはなかったが、コンセプトを実現したことはいいものの、なぜか迫力はあまり感じず大ざっぱな印象しか残らなかった。

冒頭の写真はそこのデッキから見た横浜中心部?。赤レンガ倉庫も見える。ランドマークタワーは初めて実際に見たが、それなりに年数も経っているが、それが悪くなくかえって迫力を増し、なかなかみごとな風姿だった。やはりロケーションは大きい。

2017-08-3
最初桜木町で降りて関内近辺のホテルまで歩いたが、上はそのときに偶然通りかかった、「横浜正金銀行」の写真。これにはちょっとびっくりした。名前がすぐ頭に浮かんだのには自分でも驚いたが、建築家は妻木頼黄氏(これは銘版で読んで思い出した)。偶然の遭遇だったのでそのままかなり通り過ぎたが、印象が強く、引き返してきて写真を撮った。とにかく圧巻の印象だった。

2017-08-4
上と最後はこれも翌日に行った横浜市役所。村野藤吾氏の作。柱を高層部に行くにしたがって断面を減らしているのが、隠し味みたいなことだが、ちゃんと立面のニュアンスになってきいている。レンガタイルが表情を和らげ、端正でいながら優雅で繊細な外観だ。まあ今の構造基準でこういうデザインが可能かどうかは分からない。中へ入ると吹き抜けのホールをはじめ、あまりいい状態ではない。建替えの話しもあるようだが、何とか残していってほしいと思った次第。
2017-08-5

燕庵と飛雲閣

土曜日に茶道の薮内(やぶのうち)家の名前にもなっている茶室 燕庵(えんなん)の見学会があって参加してきた。家内が情報を仕入れて誘ってくれたのだが、なかなかよかったので報告。

西本願寺御影堂201607

西本願寺の団体の主催で集合場所も境内の門。境内にある飛雲閣の見学もセットになっていて、そちらは外観だけという事前のアナウンスだったが、当日「西本願寺とご縁の深い薮内の燕庵を見学されるなら特別に」ということだったそうだが、書院に上がり、脇に増築されている茶室 憶昔(いくじゃく)の間にも入れていただけた。

飛雲閣201607

私は飛雲閣は2回目か3回めで、中へ入るのは2回目。こんなに小さかったかというのが庭に入って外観を目にした瞬間の印象だった。だいぶ前に行った以前には、外観でいろんな種類の屋根がごちゃごちゃしていてあまり好きにはなれなかったが、今回はそのことはそれほど気にならず、正面にある築山に登らせてもらえたこともあるのか、かろうじて保たれた微妙なバランスに感心したりしていた。

憶昔(いくじゃく)の間に入るのは、存在も知らなかったし今回が初めて。茶室としては調べてもいなかったのであまりよく分からなかったが、狭い空間なので入るのに5~7名ずつになって、その分待ち時間があり、書院でゆっくりできたのが自分にとってはかえってよかった。

書院は舟入の間もあるし、建物の規模からしてもかなり大きな広間空間で、上段、上々段など造りも大げさで凝っている。ただ今回初めて細部なども詳しく目にとめたが、意外に厳しくなく大らかな造り方で、接待用に流れたやわらかい感じもした。ちなみに聚楽第の遺構という説もあるが、現在の文化財研究者の間ではそうではないという説が優勢だそうだ。

さて本題の燕庵。残念ながら茶室には上がらせてもらえなかったが、窓が多く、ある程度空間を掴まえることはできたと思う。入れてもらえなかったことは、正直そんなに残念にまでは感じなかった。

燕庵2011607

率直な印象はフェイスブックにも書いたが「かっこいい!!」。それに何ともよくできていて、これは建築をやっていない人には、自分の思いをなかなか分かってもらえないかもしれない。茶室というのは当然茶事をするための空間だが、それも「小間(こま)」ともなるとそのための配慮や工夫が重ねられて、多少は茶事のことも知っていないと理解できないのも確か(私も若いときに少しかじっただけだが)。

そういうのを下敷きに間取りをつくり、狭い空間を天井意匠の変化でシンボリックに区切ったり、今回は畳まで変えたりして空間構成を深化させている。さらに細部となると、もちろんここだけではないが、デザインした人の個性を介して、千変万下といっていいくらい細やかに変化させたりしているところが、茶室を見ていてあきない理由だ。

燕庵の茶事の行為作法と溶け合った空間構成については、事前に少し調べて、武家風を加味しつつ、本当にうまくまとめてあると感心していた。ただこれは間取りのレベルで、多少のイメージはできたとしても、空間そのものはやはり体験してみないことには分からない。

行ってみると本当に「きれいな」茶室であった。手前畳脇の中柱なんて曲がった自然木には間違いないが、できすぎ!と思うくらいに完璧な形をしていた。たくさんの窓やトップライトに感じる繊細な心配りや闊達な自由さは圧巻と言ってもいいくらい。でも中柱の存在もあり、壁の印象も弱すぎることはなく、障子の窓とあいまって全体に軽さとしなやかさが感じられた。あと腰に高く貼られた黒紙の意匠がすてきで、桂離宮の市松模様やビロードの意匠を見たときのショックに近いものを感じた。何ともモダンでかっこよかったのだ!

さて長くなった。まとめよう。上に書いたような「かっこよさ」や「きれいさ」はとてもすばらしかったが、物足りないところもあった。個性の「泥」みたいな臭いが希薄であったことだ。あまりにきれい、できすぎ、というのがとりあえず自分の感想の1つだが、それは個性を「写し」というかたちで受け継いできた結果の必然として、一種の洗練という言葉で表わしてもいいのかもしれない。でも総じての感想を書けば、丹精で美しく、とてもよくできた茶室だと思った。織部の茶室は初めて行ったのだが、期待以上の面白さだった。

大阪市ハウジングデザイン賞

今年もあと数日。恒例の締めくくりを今年は少しずつ書きます。

まず仕事では、今年は後半低調だったが、書いておくべきは事務所隣に建った「住 真田山」という9階建ての集合住宅がようやく五月に完成し、さらに12月になって「大阪市ハウジングデザイン賞」というのをその建物でいただいたことだ。
写真の撮影は福澤昭嘉氏
住 真田山南東

11月の後半に現地での第二次審査があり、大阪市の職員が3名、1週間前に下見に来て打合せし、当日は審査員6名の他に大阪市の幹事という人たちや実務スタッフなど、総勢15名ほどがバスで乗りつけてきた。すでに全ての賃貸住戸は埋まっていて空家はないので、オーナーからお願いしていただき、1住戸の方のところを訪問。かさ高い年配の大人が10人ほども中にいれていただいてインタビューなど、短い時間だったが本当に恐縮した。ご協力には、ここにあらためて感謝する次第です。

来年2月に授賞式がある。今回は29回目だそうだが、毎年2、3作は選ばれてきており、昨年はグランフロントの建物など大規模なものが多いのに、今年は比較的小さな「住 真田山」ひとつだけだったので、ちょっととまどった。不作の年だったのか予算のせいもあるのか分からないが、苦労した建物だけに受賞することができたのは良かったと思う。最終の審査では、1階の植栽を含めたアプローチデザインや全体の設計の質、あと賃貸住戸で工夫した可動間仕切りなどを大きく評価していただいた。

推薦住宅が109件あり、二次審査に残ったのは5件ほどだったようだから、その中のトップ当選ということになるわけで、光栄に思うし素直に喜びたいと思う。ただどちらかといえば建築デザインに対しての賞ではなく、都市計画というか街づくりの視点が強いものなので、余計によく受賞できたものだとあらためて思う次第。

お疲れさま会

玄関アプローチ竣工写真

隣の「住 真田山」の工事も全て終わり、先週末の金曜日には、施主のご好意で「お疲れさま会」と銘うったパーティが開かれた。
(最後の和室の写真以外は、全て福澤昭嘉氏撮影の竣工写真)

9Fリビング-1

参加者は施主側がご家族と2階の会社スタッフの方々。およばれに預かったのは私の事務所とまこと建設をはじめとする工事関係者たち。総勢で20名ほどが夕方6時に集まって、9階の施主宅リビングで立食形式のパーティだった。お知り合いのフランス料理のシェフが来られてケータリングでの料理。シャンパンでの乾杯から始まり、フォアグラをはじめ贅沢でおいしい料理がふんだんに用意されて次々に出てきて、一同舌鼓をうちながら極上の時間をすごさせていただいた。

9Fリビング-2

呼んでいただいたわれわれ工事関係者からは合同で、ささやかながらお祝いとして、リビング脇の坪庭照明と和室のスタンドをお贈りしたが、本当に心のこもったおもてなしで、まれにしかない楽しい一夜となった。下はスタッフの写真で、和室に置いたイサム・ノグチの和紙スタンド。床の間の地板はブビンガの一枚板だが、もうこんなのは手に入らないだろう。

和室のスタンド

翌日仕事の人もあるので中締めをしたあとも私は数人とゆっくりとさせていただき、楽しくて少し飲みすぎ、翌日は久しぶりに軽い二日酔いになったくらいだった。まあ私自身としては、長く苦労した仕事だっただけに感無量というところで、よいけじめを迎えさせていただいたと本当に思う。途中のトラブルでひどくご迷惑をかけたにもかかわらず、こういう機会を与えていただいた施主ご夫妻には、ここにあらためて深く感謝する次第です。