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松田靖弘のブログ

仕事とする建築のことや大学で教えている緑のことなどをはじめ、自分の日常の些細なことまで含めて気が向くままに書いていきます。

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北大阪の地震

久しぶりの地震だった。

まあこの前というと、東北のだが、振幅の非常に大きい揺れを感じて事務所ビルから避難したものの、揺れ自体は大したことはなく、東北と分かって衝撃を受けた記憶が残っている。そしてその前となれば、もちろんあの阪神淡路大震災だ。

9時に梅田へ行く用事があって、洗面所でひげを剃っていたら、突然激しい揺れがきた。ダダダダダっという感じで何の音か分からないが、阪神のときにも聞いたことはないような音と急なテンポの揺れ。音についてはあとで近所の人も話していたようだが、何だったのかいまだによく分からない。水栓を止め、台所にいた家内にも外へ出ようと声をかけて、顔にはシェービングフォームが残ったまま玄関の鍵をあけ、スリッパで道路へ飛び出した。すでに揺れはおさまっていて、向こうに環状線が見え、電車がゆっくり動いていく景色を覚えている。。

とりあえず揺れも短時間でおさまり、電気やガス、水道など別にインフラのトラブルもなく、テレビでは緊急情報が流れていたが、スイッチはついたままで、ほぼ平常に戻ったから、あとは家内とビックりしたなの傷ついたレコードの蓄音機状態。ただ6弱という情報にびっくりし、そんなはずはないと思っていたが、しばらくして住んでいるあたりは震度4という情報。大したことはなかったのもむべなるかな。

まあ一応予定があるので着替えてから駅まで行ったが、乗ろうと思っていた環状線はもちろん動いておらず、地下鉄へ回ってみると、こちらもストップ。スマホをいじる老若男女が道端にあふれていた。ただバスだけはいつもと変わらず走っていくのが見えた。

いったん自宅へ戻ったが、用事の先へ電話がつながると、来てもよいとのことで、上町筋まで歩いてバスに乗るべく出かけた。着いてすぐちょうどバスが来たが満員で乗せてもらえず、迷ったが待つことにした。でも20分に1本のはずが30分待っても来ず、しびれをきらしかけたときにようやく次ぎのが来てくれた。半分また乗せてもらえないかもと覚悟していたが、今度は扉が開いて、ぎりぎり状態だがなんとか乗り込むことができた。

結局停留所へ着いてから目的地に着くまで2時間弱。それも各停留所に人が多く、走行中は猛烈なラッシュアワー状態で、梅田の目的地に着いたのは昼前だったが、それだけでへとへとになった次第。

入院

先日、某病院に4日ほど入院した。まあ命に関わるような事情はなく、そう急ぐわけでもなかったが、いずれするならということで踏み切った次第。ただ入院するという経験自体が、自分にとっては初めてに近いもので、行く前には多少ワクワクした。入院中に読む本をいろいろ考えるのもなかなか楽しい経験だった。

初めてに近い経験と書いたが、実は昔一度だけ入院の経験がある。小学校1年か2年生のときのことで盲腸ではないが、同じような手術での入院だった。一ヶ月くらい入院したような記憶があるが、ちょっと大げさすぎるようにも思う。年齢が年齢だから、記憶がいつか増幅してしまったのかもしれない。

ただ、そのときのことで鮮明に覚えている記憶がある。それは「日の丸」という少年漫画雑誌を読んだこと。鉄腕アトム、鉄人28号、忍者影丸などが掲載の「少年」という一番人気の月刊詩は多分読んでいたが、「日の丸」となると書店で並んでいるのは見ていても、お小遣いの関係で読んだことはなかった。それを入院という特別な理由で買ってもらえたのだった。

なぜそんなに覚えているか自分でも不思議なのだが、その号の冒頭に掲載されていた漫画が雑誌と同じ名前の少年が主人公で、すごく細長く背の高い体型の子どもなのだが、その子が通学途中、その日の朝食で、お母さんに目玉焼きを二つ(三つ?)も作ってもらえて平らげたことをすごく喜んで自慢しているのがとても印象的で、そのシーンを今でも覚えているのだ。卵がぜいたくという感じが自分には不思議で、新鮮に思ったからかもしれない。思えば、まだ市場に行くと、手回しの楽器で軍歌を流す包帯と軍服姿の傷痍軍人たちの姿を見ることがあった。戦後15年以上過ぎていたが、大人の人たちには、まだ傷跡や貧しさの記憶がしっかりと残っていたのだと思う。

今調べてみると、たしかにそういうような漫画があり「日の丸くん」というタイトルだった。でも雑誌自体は1963年2月で休刊になっている。その時点で私は七歳になったばかり。おそらく自分が読んでまもなくのことだと思う。

さて現在に戻ると、今回の入院で最初に読んだのは、前から読みたいと思っていて今回の入院に向け買っていたノーベル賞のカズオ・イシグロ氏の『日の名残り』。いい小説だったと思うが、結局、読了できたのはこれだけ。あと古代ギリシアの「イリオス」など、こういう時でないとなかなか読めないと思う分厚い文庫本を数冊持っていったのだったが。

今年の花

2018-03-23 13

撮りためていた今年の花の写真をアップします。ただ機会がなくて遅くなってしまい最初の五枚は先月末のものだ。まず上はこの前書いたミツマタだが、数日後、花が全面的に開いたのであらためて撮った。でも本当に不思議な形の花だと思う。

続けて下の二枚はアセビで、両方自分が手がけた建物に植えたもの。二枚目は珍しいピンクの花で、忘れてしまっていて驚かされた。

2018-03-21 13

2018-03-20 17

次ぎはサクラで、事務所の窓から撮ったもの。ソメイヨシノだが、3階の位置がちょうどよく見事な眺めだった。
2018-03-30 11

次ぎは同じころにとった真田山公園の中段の桃の花。今年は家内がひな人形を旧暦でと、まだ飾っていたが、確かに一月ずらすとちょうど桃が花盛りになるわけだと思った次第。

2018-03-23 12

下の最後は昨日の夜、帰るときに撮ったもの。隣の住 真田山。先日、植栽の補修工事をしたばかりだが、燈篭右に新たに植えたキリシマツツジがきれいに咲いて、微風に揺れるモミジの新緑もすばらしくて近くに寄って写真におさめた。キリシマは脇にも当初からのがもう1本あるが、花はなし。やはり日光が足りないのだろう。これも植えたときは見事な花をつけていたのだが。

2018-04-13 21



ミツマタとブナ

住真田山201803-2

早いもので竣工してからもう3年近く経ってしまったが、事務所隣の「住 真田山(じゅうさなだやま)」で、先日やった植栽工事の報告。

昨年の夏はかなりの猛暑だったが、そのせいなのか、9階の坪庭に植えた高木のヤマボウシが枯れた。2年以上になるので、植栽工事の山中三方園の社長も不思議で、土中のウイルス説を言い出し、土の総入れ替えを提案されたが、見積りをとるとやはりかなりお金がかかる。ではまず本当にそうなのかどうか試験所で調べてもらえないかと頼んだら、結果はNO。でも枯れているのは事実なので植え替えはすることになり、ついでに?1階の中庭などで一部枯れて景色が悪くなっているところの手直しも合わせてすることになったのだった。

冒頭の写真は、以前もこの露地脇に植えていて枯れてしまったミツマタを新しく植えたもの。ただもっと奥にあったのを、今回は少しは明るい道路から入ってすぐのところにした。植えたときはつぼみ状態だったが、昨日見ると花が開いてきていて、あまりの可憐さに感動して撮った写真。

住真田山201803-1

上は、写真が悪いが数本植え替えた現在の中庭。右に茶色の枯葉をつけている木があるが、これもその1本で、なんとブナの木!山に登ると高いところで時々見ることができるが、大阪だと金剛山の頂上付近には群落があるものの、有名な白神山地など東北や北海道ならともかく、それ以南では高山にしかない。三方園が山で見つけてきたものらしいが、確かめると、着くかどうかは分かりまへんが、数年はもちまっしゃろとのこと。ブナだけでなくガマズミにツリバナマユミと一体になった株なのも面白く、施主にはリスクも説明した上で了解をいただいた次第。さてどうなるか。また機会があれば報告しよう。

久しぶりの京都

この前の祝日の月曜日に久しぶりに京都へ行ってきた。

目的地は観世会館。若手の能楽師 林宗一郎氏が復活?した、岡山は備前の国が舞台の「吉備津宮(きびつのみや)」を観に行ったのだ。はるか昔、おそらくはまだ吉備国の威勢が大和朝廷に匹敵するほどだった時代にできたと思われる古代の鬼退治伝説を主題とした物語能。

公演前半では東大の先生が舞台に上がり、復活にいたる今回の顛末からはじまり、物語の内容や背景などについて、かなり詳しい講演があった。それだけでも十分なくらいの中身の濃い内容で、なかなか面白かったが、なかでも、7.8年前に読んでとても印象深くて記憶に残っている中沢新一氏の「精霊の王」という本のことまで出てきて、「桃太郎伝説の深層」という今回の公演の副題がようやく腑に落ちた。

能自体も、とても面白く拝見したが、舞が多くて派手な印象。途中には、今回の内容からはずれてしまった吉備津神社の「鳴釜」の神事についての狂言まではさまり、かなり盛りだくさんの内容だった。少し説明がくどかったという感想もあるが、ご本人も言われていたように、これから時間をかけて内容も整理されていくのだろうと思う。

岡田以蔵の刀痕

上は、帰りに先斗町(ぽんとちょう)で飲んでから、帰り際に見せてもらった幕末の岡田以蔵の刀痕。確か土佐藩の脱藩浪人で、「人切り以蔵」という異名があったことくらいは私も知っているが、経歴などそれ以上の詳しいことはほとんど知らない。木屋町と先斗町の間の長屋の狭い路地にあり、知る人ぞ知るというようなものでも、最近見に来る人が増え、困った家主が路地入口に鍵をつけてある。それを特別に見せてもらったのだ。

古代の「鬼」のお話から幕末に実在した「鬼」へと、久しぶりの京都は深層世界の旅になった次第。

追伸
ここまで書き終えたのが昼の2時過ぎだが、そうしたらニュースが二つ飛び込んできた。
一つはオリンピックのフィギュアスケートの結果。復活した羽生(はにゅう)君が見事金メダル!日本には初めての金で、ようやくという感じだし、宇野君も二位に入ったとのことで、とにかくめでたい。
もう一つは将棋で、こちらの羽生(はぶ)氏の方は負けてしまったが、勝ったのが中学生の藤井君!これもすばらしい。
ということで、記念に付記しておく次第です。

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